3.これは不審物ではなく、モス用のゼリーです
「ただいま戻りました」
「ただいまにゃ」
「えらい早い帰りだな。何かあったのか?」
駆け足で小屋に入ると、神様が奥から出てきてくれた。
その顔にはほんの少しだけ心配の色が混じっている。
「モスのご飯を作りに一旦帰ってきたんです。準備できたらまた出ます」
手短に説明する。
だがさすがにこれだけでは足りなかったようだ。
「モスとは、魔物のモス種のことか?」
「そのモスにゃ!」
「なぜ魔物に餌をやる? テイムしたのなら連れて帰ってくればいいだろう」
「いや、テイムはしてなくて」
私の返答に神様は首を捻る。
どう説明したものか。悩む私に変わって、にゃん太郎が説明してくれる。
「我が輩がなんとかできないかにゃって頼んだのにゃ。あやつらはもうろくに動かなくなったにゃ。ご飯も食べられにゃいなんてあんまりだにゃ」
「それは種を存続できぬほど衰退したがゆえだろう。ダンジョンの中でも外でも、生き物は常に繁栄と衰退を繰り返してきた。同情で餌をやったとて、満たされるのはそこにいる個体のみ。他の地で暮らすものの状況は変わらぬ。一度そこまで落ちぶれてしまえば、二度と復活させることは叶わぬ。それが世の摂理だ」
「そう、なんですね……」
私達が探索しているダンジョンに限った話ではなく、ダンジョン全体でモスの個体数が減ったことで種として衰退し、絶滅への道を辿っているということなのだろうか。
それはつまりダンジョンの魔物は無限に湧くわけではなく、なんらかのルールに則って復活していることになる。衰退の基準が個体数なのか、それ以外なのかは定かではない。
この辺の事情は乙女ゲームには出てこなかった。
だが物語が始まる前に絶滅してしまっていたのなら、乙女ゲームにモスが登場しなかったのも説明がいく。
「今後も腹を空かせていた魔物を見つけたら助けるのか? 弱っているフリをして牙を剥くかもしれぬ。それでも、おぬしらは自分の意思でその魔物を助けるというのだな?」
神様は少し意地悪な聞き方をする。
だが私達を心配してのことだということは、ヒシヒシと伝わってくる。
「お腹が空いたままなのは、とても辛いことだにゃ。それにあいつらはもうあそこから動くこともできにゃい。消えるもしてもせめて、最後に何か食わせてやりたいにゃ」
にゃん太郎は真っ直ぐに神様の目を見て答える。
その言葉はダンジョン内で生き抜いてきたにゃん太郎の実感がこもってる。
「神様が私たちを心配して言ってくれているのはよく分かります。意味がない行為かもしれないことも。それでも、今回は特別に見逃してくれませんか? モス達は顔の前に桑の葉が置かれていても動かないくらい弱っていて。いる場所も二階の奥まったところで、たどり着くまでの細道には魔物や他の冒険者もいなかったので、気をつけていれば大丈夫だと思います」
にゃん太郎の言葉に続きつつ、危険が少ないこともしっかりアピールしておく。
「見逃すも何も、お主らが神域外で何かをしようと我が止めることはできぬ」
「ありがとうございますっ!」
勢いよく頭を下げれば、にゃん太郎も「ありがとにゃ!」と続いた。
神様の許可も無事に取れたとなれば、あとはご飯を用意して運ぶだけ。バッグの容量確保のため、先ほど採取してきたものを外に出す。
「ひとまずこの桑の実はモスたちからの供物ということで。帰ってきたらゼリーにするので、一旦ここに置いていきますね」
桑の実を包んだ布の縛りを解く。
中身を見せてから、ザルの中に移した。
「採取したのはロゼ達であろう」
「モスの住処で採取したやつなので!」
言いながら手を洗う。神様は私の返事に呆れたように息を吐く。
桑の実は元々、神様に桑の実ゼリーを作るために採取したもの。実を捧げる側が私であってもモスであっても、調理するのは私。気持ちと言い方の問題でしかない。
「今からモスのご飯用に桑の葉茶と桑の葉ゼリーを作りますけど、神様もどうですか?」
「茶だけもらおう」
「我が輩は水がいいにゃ」
「了解。お茶と一緒に出すからちょっと待っててね〜」
早速残っていた桑の茶葉を使ってお茶を煮だす。
その間にバッグから水筒を取り出し、中の紅茶を別のカップに移す。浄化魔法をかけておくのも忘れずに。
お茶が出たら、冷ましてから神様に渡す。
にゃん太郎には水を出し、ついでに自分の喉も潤しておく。
残ったお茶の半分は水筒に、半分は桑の葉ゼリーの材料として鍋に入れる。そこに入れるのは、お馴染みとなったスライムの核である。余計なものは入れず、核が完全に溶けたあたりで火を止める。
ボウルに移し、冷水入りの大きなボウルにボウルごと入れて冷やす。
固まらないようにスプーンで中をかき混ぜつつ、どろっと感を保つ。ゼリーが入っている方のボウルを触った時に、全体がひんやり感じるようになったら完成だ。
少し深さのある皿2枚とスプーン、それから桑の葉茶を入れた水筒をバッグに入れる。
ゼリー入りのボウルは周りの水滴を拭き取ってから、ゴブリンの布で包む。ここでも風呂敷代わりに大活躍だ。さぞゴブリンさんも驚いていることだろう。
「じゃあ行ってきます」
「くれぐれも気を抜くでないぞ。魔物や他の冒険者の危険はなくとも、足元の蔓や石で転ぶかも知れぬからな」
「心配しすぎじゃないですか?」
幼児が初めてお使いにいくわけでもないのに……。
大丈夫ですって、と軽く返事をする。
「それだけ周りの警戒を怠るなということだ。特にロゼ」
「はいは〜い」
「我が輩がロゼの足元も注意してみておくにゃ」
「じゃあ帰ってきたら桑の実ゼリー作るので楽しみに待っててくださいね」
行ってきますと挨拶をして、急いでモスたちの住処に戻る。
謎の物体を手にしたまま早足でダンジョン内を移動する私達に、周りの冒険者は怪訝な目を向ける。
「あれ、攻撃用のアイテムかな」
「怖いね……」
風呂敷の中から僅かに聞こえる水音も、恐怖を掻き立てるエッセンスとなってしまったのだろう。
無駄な警戒をさせてしまう申し訳なさはありつつも、今は距離をとってくれた方が好都合。
一直線に進むにゃん太郎に置いていかれないように、せっせと足を動かす。
とはいえ、この先ずっと不審物に警戒させる気はない。
包みの中身が食べ物だと周りの人に伝わるよう、後日同じ形でゼリーを持ち出して目立つところで食べるつもりだ。
モスの住処には相変わらず先客は誰もいなかった。
魔物も元気のないモス達だけ。先ほどから動いた形跡もない。
ボウルを近くの切り株に置き、バッグから2枚の皿と水筒を取り出す。
1枚目の皿には桑の葉茶を注ぎ、2枚目の皿にはゼリーを崩しながら盛り付けた。
それぞれ違うモスの前に置き、様子を見る。ゼリーの皿の前にいた1匹が口をつける。
「食べたにゃ!」
にゃん太郎の耳と尻尾がピンと立ち上がる。そして他の個体も口を付けるか真剣に観察している。
その様子はネズミのおもちゃを前にした猫のよう。けれど目の前のモスに飛びつくことはなく、モス側も私達を警戒している様子はない。
しばらく観察していると、ゼリーを食べていた個体が謎の音を発し始めた。
おそらくモスの鳴き声。若者にだけ聞こえる高い機械音にしか聞こえない。
その音が合図となり、他の個体もモゾモゾと動き出す。
ゆっくりだが、ゼリー皿に集まり始めて食べているではないか。
「片方だけでも食べてくれてよかった」
お茶の皿には一体も寄り付いていないが、ゼリーが大盛況ならそれでいい。まだボウルに残っているゼリーもあとで皿に盛り付けよう。
ホッと胸を撫で下ろす。
そして切り株に腰掛けながら、モスを眺める。にゃん太郎とドライフルーツを分け合い、私はそこに桑の葉茶もプラスする。
ちょっとしたピクニック気分を楽しんでいると、ピコンと音が鳴った。クエスト達成をお知らせする音である。
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