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閑話 その頃、ダンジョン下層では ~イカつい冒険者と乙女ゲームの裏事情~(中編)

 長年探索を邪魔していた『猫の亡霊』がどこかの神に属したことは、王家からすればこれ以上ないチャンスだ。


 猫の亡霊が下った相手が、べラード王弟殿下が信仰する食神であることは気がかりではあるものの、他の4柱に抱えられるよりはいい。


 何よりべラード殿下本人は王位継承権を早々に放棄している。その上で、半ば強引に食神信者入りさせられていた。


 殿下が学園入学する前のことで、もう20年近く前のことだ。アウグストのような情報通でなくとも知っているほど有名な話だ。


 年の離れた長兄が王位を継ぎ、二人の男児を設けた今でも、べラードを新たな王にと推す声は残っている。それほどべラードは優秀であった。


 腹違いの兄よりも王子達と年齢が近いのも、べラードを推す勢力がなくならない要因なのだろう。


 彼もそれを理解しているのか、学園卒業後は王宮に籠りきり。

 王族でさえなければ、べラードは今頃、優秀な生産職として名を馳せていただろう。


 彼の作った魔法道具を目にしたことがある者なら、誰しも口を揃えてそう告げる。


 それでも彼が存分に才能を振るえば、間違いなく権力争いが激化する。たとえ本人にその気はなくとも。表舞台に上がらぬことこそが、平穏を保つ秘訣なのだ。


 幸いにも、猫の亡霊を新たに加えたとはいえ、食神は他の4柱と比べれば未だ力が弱い。


 今回の一件が理由で、べラードが引きずり出されることはない、はず。

 そうだと信じたい。


 聖女がどこの国で見つかるか分からない状況で、アウグスト達が担当する国の勢力図が変わってもらっては困るのだ。


 できることなら、作ったばかりの地図を王家や上位貴族に売り、聖女様のための資金調達をした上で、3年後にはフェードアウトしたい。


 創造神様への信仰はあれど、アウグストを含めたパーティーメンバーは皆、教会内で成り上がろうという野心はない。政治がらみの厄介ごとにまで足を踏み入れるつもりはないのだ。



 だが考えれば考えるほど、厄介ごとに足を突っ込んでしまった気がしてならない。

 それも知らぬうちにずぶずぶと沼に引きずり込まれているような。そんな感覚さえ覚える。


 アウグストの背中には冷や汗が伝い、次第に表情が硬くなる。


 そうなると笑い飛ばしていた仲間達の表情もまた、真面目なものに変わっていく。


「冗談、だよな?」

 困ったように問うのは、アウグスト達のリーダーだ。


「俺達相手ならともかく、あの猫が嬢ちゃんに向けて偽の情報を伝えると思うか?」


 そう問えば、全員が頭を悩ませる。

 にゃん太郎と名付けられた猫は、なんらかの方法で自身を神域に招き入れた少女に執着している様子であった。


 すぐバレるようなしょうもない嘘を吐くメリットがない。


「……念のため、エリアDに続く道だけでも調べ直した方がいいか。嬢ちゃん達は今、第二階層にいるのか?」

「釣り竿を持ってたことと、進行方向から察するに、エリアD付近の水場に向かったんだと思う。あそこも猫の亡霊の目撃情報が多かったから」

「そのままエリアDを攻略したりしてな」


 少しでも重い空気を和らげようと、仲間の一人が軽口を言う。


「エリアDを攻略されるくらいなら、XYZのどれかを攻略したと言われた方がまだ理解できる」


 ダンジョン内に存在する『試練の間』の中でも、『エリア○○』と名付けられた26区は特別。


 97年前、各地のダンジョンに突如として発生した『26区』の存在は、同時に海上に発生した『はじまりの塔』により存在が明らかになった。


 エリアAからエリアZまでの名が付けられており、試練の内容はエリアごとに異なる。


 またクリア条件とエリアに入るための条件もそれぞれで、Zに近づくほどクリア難易度は高くなるとされている。


 26区が発生した理由は、来る日に誕生する聖女をサポートするため。

 石版には26区の説明と共に、聖女誕生の年と魔王の復活が予言されていた。


 混乱を避けるため、石版の内容のほとんどは伏せられている。創造神教会に所属するアウグスト達ですら、貴族と同等の知識しか与えられていない。


 明かされているのは、聖女の誕生が12年前であること。

 そして聖女は悪しき者から身を守るため、力を制御できるようになる15才を迎えるまで、光の魔法は封印されたままであること。


 97年の間に、26区のほとんどがクリアされている。

 クリア報酬の中でもスクロールなどはすでに使用されているものの、武器や防具の類は各神域と創造神教会で保管されている。26区発生後、信者や冒険者の強さは段違いに成長した。


 ダンジョンの探索自体もかなり進む中、未だにクリアされていないエリアは4箇所。


 最高難易度を誇り、異なる神を信仰する者達が協力しなければ討伐できない魔物が治める『エリアX』と『エリアZ』


 時間制限が厳しい巨大迷宮『エリアY』


 そしてこのダンジョンの第二階層を含め、複数のダンジョンから挑むことが可能な『エリアD』


 エリアX、エリアY、エリアZの3カ所に関しては、火神信者と創造神教会が攻略を進めており、攻略の糸口が掴めている。1年以内に攻略が完了する見込みだ。


 ただしエリアDだけは違う。

 26区発生から比較的すぐに発見され、最も多くの冒険者が挑んできたにも関わらず、未だクリア条件が判明していない。


 同時に入室できる人数に上限はなく、初心者でも挑むことができる。

 ただし挑めるのは生涯で一度だけ。中では他の試練の間と同様に、何かしらの課題が課せられる。エリアDに立ち入ったものは必ず何かを持ち帰る。


 ただし試練の間から一定以上離れると中で起きたことや試練の内容を忘れ、持ち帰ったものは消失する。中で起きたことをメモに残すことはできず、通信手段は遮断される。通信系の魔法や道具も使用不可。


 エリアA〜Zの中で最も強力な妨害魔法がかけられているのだと推測され、挑戦者は完全に情報がない状態で挑む必要がある。


 26区の中で最も厄介なエリアである。

 アウグスト達も探索初日に2組に分かれて挑んだが、どちらも失敗。手にしていたはずのアイテムも消えてしまった。何を持っていたかすら覚えていない。


 創造神教会に所属しつつも、普段は火神信者のトップランカーとして活動しているアウグスト達ですら、あっけなく終わった。


 彼らよりも前に教会から派遣された他の信者達も同様の結果である。


 そんな試練を誰がクリアできるというのか。


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