閑話 その頃、ダンジョン下層では ~イカつい冒険者と乙女ゲームの裏事情~(前編)
「随分と遅かったな。ブリジッドには会えたか?」
「ダメだ、完全に警戒されてる。店に行ってももぬけの殻だった」
遅れてやってきた男――アウグストは首を横に振る。
天才魔法道具師のブリジッドの店に並ぶのは、彼女が作ったアイテムのみ。他の魔法道具師が作ったアイテムとは比べものにならない性能を誇る。
ただしブリジッドは非常に偏屈で、人嫌いで有名だ。王都に構えた店は弟子である姪に任せたまま。ほとんど顔を見せず、シュバルツ領に構えた小さな店でさえ客を選ぶ。
特に、猫の亡霊退治を目的としてやってきたアウグスト達は店に入って早々魔物避けを投げつけられたほど。以降、何度訪問しても相手にしてもらえない。
今日なんてどんな魔法を使ったのか、本人どころか大量の本すら消えていた。顔を見たくないという徹底っぷり。
「ブリジッドは猫の亡霊討伐に反対してたからな。今さら信頼してくれと言っても難しいか」
「一応猫の亡霊討伐はなくなったってメモは置いてきたが、信じてくれるかどうか……。深追いして王都の店ごと逃げられても困るから、買い物は諦めよう」
「王都の店も他の奴に行かせるか」
「それがいいな」
仲間達は皆、ウンウンと頷きあう。
浅い階層を素早く進むために必須の『魔物避け』が買えないのは地味に辛い。
それでも王都に残った仲間まで揃って出入り禁止になどされたらたまったものじゃない。ブリジッドの店のアイテムが買えなくなれば、生涯恨まれる。
ほとぼりが冷めるまでは変に刺激しないのが一番なのだ。
それに今は、ブリジッドの機嫌と同じくらい気がかりなことがもう一つ。
「ところでさっき第2階層で猫の亡霊に遭遇したんだが、少し気になることを言っててな」
「今さらあの猫関連で驚くことなんてないだろ」
「どうも第2階層には大量にトラップがあるらしい」
アウグストはつい先ほど仕入れてきたばかりの情報を伝える。
だが仲間達は軽く笑い飛ばす。
「ただの冗談だろ。俺達がどれだけあの階層を調べたと思ってんだ」
あり得ないと軽く流す。
実際、アウグスト達は猫の亡霊討伐のために5日前にダンジョン入りをし、くまなくダンジョン内を捜索した。索敵スキルをフル稼働して、罠や魔物の発生箇所を事細かに記したマップを完成させるほどに。
あまりに出来が良かったこともあり、教会本部に途中経過を送ったところ、追加で報酬が出ることが決定した。地図に利用価値があると踏んだのだろう。
このダンジョンはシュバルツ公爵家の管理が徹底しているおかげで、治安もよく、魔物のレベルも低い。即死級のトラップがなく、魔物の攻撃も単調。貴重な初心者向けダンジョンである。
火神信者と水神信者は中堅冒険者による初心者研修を定期的に行っている。土信者・風信者は不定期ながらも、初心者には必ずといっていいほど保護者や大人が付き添っている。初心者だと分かると、他の神の信者であっても助けてくれるほど、初心者サポートが徹底している。
そのため力量も分からずに下層に降りて魔物の群れに喧嘩を売ったり、他信者に恨まれるようなことでもしない限り、初心者であっても死ぬことはまずない。
光の聖女が力を発現した際、レベリングを行うダンジョン候補の1つに内定している。すでに光の聖女が見つかった際にサポートを務める者の選定も、各国で行われている。
この国――ファーレンディア王国では、第二王子のイグニス=ファーレンディアが最有力候補だと噂されている。
予言通りであれば、聖女と同じ年齢であることもあり、聖女との結婚も視野に入れているとか。第二王子でありながら、未だ婚約者もいない。
当初の予定では、6歳を過ぎた時点でシュバルツ公爵領に滞在させ、レベリングを行った後、王都のダンジョンで更なる力を付けるつもりだったとか。
シュバルツ家にも同じ年に生まれた令嬢がいる。聖女が他国で見つかった際には彼女と結婚させられるように。そんな思惑もあったのだろう。
だが公爵家が『猫の亡霊』による怪我の危険性を示唆し、他の貴族家も続いたことで無期限の延期となった。シュバルツ家の令嬢の方もまた謎に包まれている。
病弱だと言われている彼女だが、12歳を過ぎた今も家族と一部の使用人以外、誰一人として会った者がいないのだ。遠目から見たことも、姿絵さえ一枚もない。
そのため、本当に生きているのかどうかすら怪しく、出生直後に亡くなっているとの噂もあるほど。特に夫人は第二子出産直後、非常に憔悴しており、精神的に不安定な時期が続いたと聞く。
娘はまだ生きていると思い込むことで、精神状態を落ち着けているのではないかというのがもっぱらの噂だ。
シュバルツ公爵家と、公爵家に支援されているブリジッドが『猫の亡霊』討伐に否定的だったことも、令嬢死亡説の信ぴょう性を高める要因となっている。
王家は思惑通りに進まないことに歯がゆさを感じているようだが、シュバルツ公爵家は古くから続く名家である。かつて王女が降嫁したこともある。
加えて噂が噂なだけに強く言えず、話し合いがまとまらないうちに、イグニス王子のサポートに付ける予定だった公爵家嫡男・ブラン=シュバルツの入学を間近に控えることとなった。
「面白い」「続きが気になる」など思っていただけたら、作品ブクマや下記の☆評価欄を★に変えて応援していただけると執筆の励みになります!




