閑話 その頃、ダンジョン下層では ~イカつい冒険者と乙女ゲームの裏事情~(後編)
今や5柱を信仰する者達の中で、挑んだ事がない者を探す方が難しい。
このまま攻略される見通しが立たなければ、創造神教会が保護する孤児達を導入する手筈になっている。
神の加護を受けぬ彼らが試練の間に挑むリスクはあるが、光の聖女は人類の希望。
聖女のためならば多少の犠牲も致し方ない。何としても、聖女が見つかる前に攻略を完了させねばならない――それが創造神教会の方針だった。
「大丈夫、だよな? 近くに行ったついでにサクッと行って、サクッと攻略しないよな?」
話しているうちに不安になってくる。
26区はどこの国にも神域にも教会にも所属せず、誰が攻略しても構わないとされている。手に入れた報酬を使うのも自由。
謎に包まれたエリアDを攻略できる者がいるなら、力なき孤児達が導入される前にさっさとクリアしてもらいたい。
アウグストは創造神教会がエリア攻略報酬を手に入れるよりも、子供達の安全が守られることの方が重要だと考えている。
だがあの猫と少女だけは例外だ。
創造神教会に所属している者の中には、猫の亡霊は創造神様に存在を認められなかった『悪しき者』と考える者が多い。
直接的な被害が報告されておらず、討伐隊にも怪我をさせることがないため、放置でいいのではないかと考える穏健派もいるが、前者が圧倒的だ。
アウグスト達も同様だった。だから討伐に参加した。
今回で猫の亡霊討伐を完了させるつもりで、3か月分の宿賃を先払いした。
だがピリピリとした空気が削ぎ落ちた猫を見て、この猫は創造神様に赦されたのだと納得した。首輪を自慢する猫を前にしたら、納得せざるを得なかったと言った方が正しいか。
今となってはあの猫に手を出すつもりはない。
猫らしくのんびりと暮らすもよし、少女と一緒に楽しく魚釣りをするもよし。食神の飼い猫として幸せになればいい。素直にそう願っている。
だからこそ、猫の亡霊が神域に入れるようになったという情報が広まる前に、あの2人にエリアDを攻略されては困る。
せめて無害であると認知された後でなければ、困るのは彼らだ。
「……後でエリアDを確認に行くか」
「あの子らの釣りが終わってからな。ところで今日こそ使えそうな繭玉は見つかったか?」
暗い方向に進み始めた話題から別の話題に切り替える。
けれどこちらも決して明るい話題とは言い難い。相手から返ってきたのは想像通りの言葉だった。
「全然ダメだな。ダンジョン内に生息しているモスを端から確認して回ったが、どこの個体も置いといた桑の葉に口をつけてない。あれじゃあ繭玉を作るどころか、このダンジョンからもモスがいなくなる日も遠くない。ダンジョン産の生糸は諦めるしかなさそうだな」
「聖女様のベールの材料が集まらないとは何事かって上層部は騒ぐだろうなぁ」
「騒いだところで見つかるもんでもないだろうよ」
「元はと言えばその先代聖女様が使っていたのにあやかろうとした奴らが、こぞってモス種を乱獲したのが原因だしな」
揃って深い溜息を吐く。
ダンジョンの外でも蚕を育てているが、ダンジョン内のモスが作る生糸は別格。品質がまるで違う。その美しさから元々高い需要を誇っていたが、先代聖女がベールに使用したことでさらに激化。
ダンジョン産生糸の中でも最上級の輝きを放つのが、女王個体が作り出した繭玉から採れた生糸だ。各国の王族や貴族がこぞって求めるようになり、各地のダンジョンでは毎日のようにモス狩りが行われるようになった。
ほとんどのモスは攻撃性がなく、楽に繭玉を手に入れられることも、乱獲を加速させる要因となった。結果、各地から女王個体が消えた。
女王個体が倒された場合、通常であれば次なる女王候補が複数生まれ、その個体のいずれかが新たに女王となる。
だが通常個体も乱獲されてしまったことで、種全体が弱体化。短期間で狩りつくした影響からか、通常個体すら消えるダンジョンも増えてきた。
まるで緩やかな絶滅を迎えているように。
ダンジョン内の魔物を乱獲したら個体数が減るなんて話は聞いたこともない。
ダンジョン外なら話は別だが、ダンジョン内の魔物は一定時間が経過すれば再び湧くものだ。
実際、スライムはいくら倒しても次の日には何事もなかったかのように湧いている。
だがモスが各地から消え続けているのもまた事実。
ダンジョンは創造神様が作り出した箱庭だ。
魔物の中でもモスのような非攻撃タイプの魔物が存在することにも意味があるのかもしれない。
モスの減少が何かの暗示でなければいいのだが……。
そこまで考えて、アウグストは首を振る。考えすぎだ。
第一、ダンジョン内の魔物の種族が滅びたとて何の不利益があるというのか。困るとしたら、高品質の生糸が取れなくなるくらいだろう。
「まだ3年あるんだ。その間に外で育てた蚕から高品質な生糸が手に入るかもしれん」
「いざとなったら、先代の聖女様が使っていらしたベールを繕って再利用すればいいだろう」
「一旦それで提案してみるか」
リーダーはそう結論づけ、他の階層の再調査をしながら時間を潰す。
何者かによってエリアDが攻略されたことがすでに騒ぎになっているとの知らせを受けたアウグスト達が頭を抱えることになるのは、数時間後のことである。
これにて『悪役令嬢と神獣編』完結です。
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次話から『悪役令嬢と畑とコインと』が開始します。
ストックがなくなってきたので、以降は毎週火曜日の18時投稿になります。




