閑話 その頃、屋敷では ~悪役令嬢の両親の裏事情~(前編)
「ブラン。私はロゼと領地に残ることにする。王都へはエリザと一緒に行きなさい」
「かしこまりました」
「……すまない。卒業式には必ず参列する」
直前での変更を息子に詫びる。
本来であれば、嫡男の入学式は夫婦揃って出席するものである。その予定で仕事を片付け、家令にも指示を出していた。ロゼのことも数日であれば問題ないだろうと、安易に考えていた。
けれど昨日、状況が変わった。
エリザは屋敷を留守にする間、少しでもロゼが過ごしやすいようにと風呂の整備を行っていた。彼女なりに娘に寄り添おうとしたのだ。
その前にも編み物や裁縫の道具を与えることで、自然に交流する場を作っていた。だがどちらも不発に終わった。ブランの話しによれば、編み物は棒を使わずに行っていたとか。裁縫の方も特段困っている様子はないとのこと。
不思議な編み方を教えてもらったブランはいたく気に入ったようだが、エリザにはせっかく作った機会が消えてしまったことが歯痒かったのだろう。
直前の失敗もあり、十二年間の空白を経てエリザから出た言葉は鋭くなってしまった。
結果、ロゼは母を強く拒絶した。
エリザ自身も対応を間違えた自覚はあるようで、昨晩『ブランの入学式が終わった後も、しばらく王都に残りたい』と申し出てきたというわけだ。
顔を合わせれば、また思ってもいないことを口走るかもしれない。
公爵は妻の言葉を了承し、少しでもロゼの機嫌を取ろうとして行動しーーこちらも盛大に失敗した。
今朝の失敗を思い出すだけで頭が痛い。
2階から騒ぎを目撃していたブランの反応はすんなりしたものだった。
「いえ、私も同じ提案をしようと思っていました」
「そうか……。気を使わせてすまないな」
「いえ。この状況でロゼを残していけば、あの子は家に帰ってこなくなるような気がして……」
「ロゼにとって、この屋敷で暮らすメリットは少ないからな。魔法道具は受け取ってもらえたが、今日も帰ってきてくれるかどうか……」
親子揃って窓の外を見つめる。
ロゼの外出には門限を定めてはいるものの、食神神域に籠もられれば迎えに行くことは困難だ。
迎えにいく手段自体はあるのだが、どこの神にも属さぬ者を雇うか、王家を頼るかの二択となる。その上、どちらもロゼの安全が担保されることはない。ロゼも全力で拒絶することだろう。
結局のところ、公爵家はロゼを縛るものなど一つも持ち合わせていない。
この家でロゼと普通に会話できるのだって、ブランと御者だけ。
ブランが学園入学のために王都に向かえば、御者が唯一になってしまう。
幸いなのは、長年公爵家のために働いてくれた御者がロゼのことを他言する心配はないこと。
また貴族では未だ忌避される黒髪は、彼のような平民ーー特に地方出身者はあまり気にしない。御者も彼の妻もまるで怯えていなかった。
加えて、これは後で知ったことだが、彼の出身地では未だ農民による食神信仰が続いていた。
土神信者や水神信者として加護を得ながらも、ダンジョンの外で像を作って祀っているのだ。
今となっては信者も信仰者も減っている食神だが、調べてみると地方の小さな農村ではわずかに信仰が残っているらしかった。
信者が激減した今も食神が姿を保っていられるのは、このためだったのだろう。
そんな背景もあってか、農家出身の御者は初めからロゼに友好的であった。
引退直前であったにも関わらず、雇用の引き延ばしにも快く応じてくれたほど。
ロゼも御者に敵意や怯えがないことを感じ取っていたのだろう。彼からであれば、素直に物を受け取る。
ロゼは理由もなく他者を拒絶するような子ではないのだ。
公爵と妻が拒絶されるのは、親として向き合うことを放棄し続けた十二年間があるから。
穴を埋めることを望むのなら、それなりの努力が必要となってくる。
今はお茶会などの招待状は届いていないが、学園に入学する年齢になればロゼを屋敷に隠し続けることはできなくなる。
そうなった時、家族すらも心の拠り所となれなければ、きっとロゼは壊れてしまう。
もしも、ロゼが生まれたのがあと10年遅ければまた事情は違った。
なぜあの子はよりにもよって、聖女が生まれると予言された年に生まれてしまったのだろうか。
神を恨んだことは一度や二度では済まない。
聖女は魔王の対を成す存在。
ロゼの黒髪は邪悪なものだと後ろ指をさされることだろう。
生まれたばかりの子を見て、エリザは失神した。その後も酷く憔悴していた。
生まれたばかりのロゼを隔離したのは、妻の心を守るためだった。
責任から逃れたい気持ちもわずかにあったことは否定しない。
関係を閉ざすことで、仮初の平穏を保とうとしたのだ。
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