35.ブリジット婆さん
「うちは公爵家御用達の店でね、客は選ぶが価格はかなり良心的。アンタなら次来た時も店に案内してやるから、今後も魔法道具が必要になったらうちに来な。性能と値段がちょうどいいのを選んでやるよ」
「店に案内する? え、でも私、さっき普通に入り口から入って……」
「さっきアンタが通ってきたのは、厄介な客向けの入り口さ。まったく、どいつもこいつも強力な魔法道具を作れってうるさくて敵わない。こちとら魔物倒すために魔法道具作ってんじゃないんだよ! 大体ね、実力以上のアイテムに頼って攻略を続けりゃいつか身を滅ぼす」
嫌な客を思い出すスイッチを押してしまったようだ。
老女は苦虫を噛み潰したような表情で愚痴を並べていく。
その顔はどこか見覚えがある気がした。どこだったか。乙女ゲームだと思うが、恋愛シミレーションゲームなこともあり、登場するのはイケメンばかり。
彼女も美人ではあるが、かなり年老いて……。
「あ、ブリジット婆さん!」
思い出した。
彼女は乙女ゲーム終盤で出てくる伝説の魔法道具師ーーブリジット婆さんだ。
ブリジット婆さんはあまりに強力な魔法道具を作ってしまうが故に、魔王が復活するまで名前すら登場しなかった。かなり偏屈な性格で、王都の店を訪ねてもランダムでしか出現しない設定であった。
ブリジット婆さんから魔法道具を入手するイベントのデッドラインは、卒業式の1ヶ月前。そこまでに会えなければ強制的にバッドエンドに突入する。
遭遇率を上げるには、彼女の弟子が店番をする魔法道具屋でひたすらアイテムを購入し、店の売り上げに貢献すること。
アイテムの手持ち個数にも制限があるため、終盤はいかにお金を貯めてアイテムを買い、いかにダンジョンで効率よくアイテムを消費するかが重要になってくる。
恋愛ゲームでなぜそんなことをしなければならないのか。
そんなツッコミは入れてはいけない。
イケメンとの輝かしいエンディングとこの世界の未来のため、ひたすら機械的に周回するのみであった。
乙女ゲームプレイヤーだった頃は『ブリジット婆さん』の名前を見れば幸せになれたものだが、今は複雑な気持ちだ。
なにせ彼女の魔法道具こそ、悪役令嬢を殺す鍵となるのだから。
「アタシのことを知ってるってまさか、アンタも猫を退治するための魔法道具を作れって言いにきたのかい!?」
「猫は愛でるべき生き物ですけど!?」
キッと睨むブリジット婆さんに速攻で言葉を返す。
セリフが若干被っていた気もする。だが猫を退治なんて、そんな鬼退治みたいに言われては黙っていられなかった。
まさか秒で否定されるとは思っていなかったのだろう。
ブリジット婆さんは目を丸く見開く。そしてフゥッと息を吐きながら老眼鏡を取る。
「疑って悪かったね。アタシも随分と気が立っていてね」
「そんなに攻撃用の魔法道具を買いに来る人が多いんですか?」
「王都の店にいた頃はそんな客ばっかりさ。それが嫌で地元に帰ってきたんだ。だってのに、最近はこっちの店にまで……。貴族がレベリングをするのに、ダンジョンに住み着いたハイレベルの猫が邪魔だなんて、そんなの知ったこっちゃないよ」
ダンジョンに住み着いたハイレベルの猫。
そう聞いて思い浮かぶのは、神域に残してきたにゃん太郎である。
いくらにゃん太郎が強いとはいえ、ブリジット婆さんの魔法道具は強力だ。
ラスボス級の強さを有した状態の悪役令嬢にだって致命傷を負わせたほど。
彼女がにゃん太郎の敵となるのなら、呑気に写真撮影だお風呂だと浮かれてはいられない。緊張で身体がこわばる。
「それは、ここのダンジョンを管理する公爵の方針ですか」
声が少し震えた。変に思われたかもしれない。
それでも聞かずにはいられなかった。聞かずに帰れば、この先ずっと後悔する。
身体の横にピタリとくっつけた手にも自然と力が入る。ギュッと固めた手の平には、爪が突き刺さる。
けれどブリジット婆さんの口から出た答えは予想とはまるで違った。
「いいや、公爵家の考えは逆さ。無理に猫をどうにかすることに反対していらっしゃる」
「そうなんですか?」
「公爵様以外も、この辺りで育った奴らは大抵そうさ。なにせアタシらが子供の時は猫なんざいなかったからね。いつ住み着いたのかは分からないけど、おおかた主人に捨てられたか、中で主人が死んだかで出られなくなったんだろうよ。人間相手に悪さしないんだから、退治する必要なんざないのさ」
「なるほど」
出られなくなった、か。
にゃん太郎も神域に続くドアを通れなかったとか、そんな話をしていた気がする。
ダンジョン内では怖がられることの多いにゃん太郎だが、外にはちゃんと理解してくれる人もいたのだ。そのことを知れてよかった。
強張っていたからだから徐々に力が抜けていく。
「アタシは先先代の公爵様に魔法道具師として見出してもらった恩がある。今のご当主様が猫を討伐せよとおっしゃるのなら、アタシも何かしらの対応をしなきゃならない。それでもまぁ、気は進まない。戦う意志もない相手を痛めつけるために、アタシらは道具を作ってるわけじゃないからね」
ブリジット婆さんは遠くを見る。
乙女ゲームでなかなか遭遇できなかったのは、彼女なりの抵抗だったのかもしれない。
「その点、アンタみたいなのはいいね! 自衛や相棒のために買いに来るくらいがちょうどいい。疑った詫びに木桶も付けてやるよ。魔獣を水浴びさせる時にでも使いな」
暗くなった空気を吹き飛ばすかのように、ニッと笑う。
できることなら今後もただのロゼとして、天才魔法道具師のブリジット婆さんといい関係を築いていきたいものである。
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