23.帰宅後は母、部屋の前には兄で、出発前は父
「着替えは入れた、タオルも入れた、ドライフルーツも入れた、お金も……よし十分入ってる」
中身を確認してからバッグを閉じる。
特にお財布の中身は昨晩寝る前にもチェックしている。金額はピッタリ金貨3枚分。銀貨と銅貨、金貨が混ざっている。
日本円に換算すると約三十万。かなりの高額である。子供が気軽に持ち歩く金額ではない。
スリに遭わないよう、財布は着替えの隙間に挟んである。その上にドライフルーツが入った袋を入れ、さらに上からタオルを二枚載せる。
前世では日本から一歩も出ずに生涯を終えた私には、正直これが万全のスリ対策かは分からない。
靴の中に少額入れておくといいだとか、財布は分散させて持っておくといいだとか。そんな話を聞いたことがある。
だがそれでは会計の時に困る。
取りやすさも考えて、これくらいの対策に落ち着いたというわけだ。
ローブを羽織ってからバッグを下げ、ご機嫌で階段を降りる。待機していた使用人から昼食を受け取り、一番上に置く。
……なんか収まりが悪いな。
タオルや着替えを入れすぎたからだろうか。バッグを下げたまま位置を微調整する。
財布が取りづらくならないように気をつけて……。
バッグに手を突っ込み、ガサゴソと弄っていると、背後から咳払いが聞こえてくる。
「ゴホンゴホン」
昨今のドラマでもなかなか見ない、わざとらしい咳払いである。
どうやら玄関先で長居しすぎたようだ。弁当が落ちないよう、右手でバッグを支えながらドアを開ける。
「待ちなさい」
「はい?」
振り返ると、ロゼの父が改めてゴホンと咳払いをする。
「私に何か言うことがあるんじゃないか?」
「お大事に」
ペコリと頭を下げ、今度こそ家を出る。
「おはようございます」
すでに外に待機していた御者に挨拶をする。その流れで馬車用の踏み台に足をかけたーーところで肩を掴まれた。
「待ちなさい!」
「危ないので、踏み台に登ってる時に引っ張らないでください」
「……すまない。だが話の途中で相手の前から離れるのは止めなさい」
話の途中だったのか。
まぁ何かしら理由があって話しかけてきたのだろうが、昨日の一件がある。面倒なことにならないといいが……。
ひとまず踏み台から降り、ロゼの父と向き合う。
「それで私にどのようなご用件でしょうか」
「ロゼは私に何か言うことがあるんじゃないかね」
「体調が悪いのなら早めに休まれた方がいいと思います」
「そうではない。先日私が預かることになった金の件だ! あれを使う要件ができたんじゃないのかね」
「今のところ特にないです」
「は? 話が違うぞ」
ロゼの父は私ーーではなく、後ろに控えた御者に視線を向ける。彼から何か聞いたのだろうか。遅れて振り返ると彼も困惑の表情である。
「私はただ、本日お嬢様は魔法道具を購入されるそうですとお伝えしただけで……。お嬢様、ご予定を変更されたのでしょうか?」
「お店で実物と金額を見て、お財布と相談しつつって感じですね」
「ならなぜ私の元に来ない! 金がなければ魔法道具は買えんだろう」
「ある程度はありますし、足りなければ見送るだけなのでお気になさらず。それでは失礼します」
文句を言われないよう、今度は一言断ってから離脱する。
そんなに警戒しなくとも、勝手に彼の金に手をつけたりはしないのに。信頼されてないなあと実感する。
そして今度こそ馬車に乗り込む。ドアを閉め、バッグの中を整理する。
しばらく外から声が聞こえたが、途中で聞こえなくなった。御者も一緒に行ってしまったのか、彼の声も聞こえない。
さてどうしたものか。
馬車を出してもらえないのなら、このまま待ち続けるわけにはいかない。
神域で神様とにゃん太郎が待っている。お腹を空かせているはずだ。
ロゼの父と交わしたルールを違反することになるが、歩いていく他ない。
そう決めて、馬車から出る。
すると慌てて使用人が飛んできた。弁当を渡してくれた少年だ。
「お嬢様、どうかこちらでお待ちくださいませ。すぐに旦那様もお戻りになられますので」
「え」
諦めたのではなかったのか。
そんな感情がつい顔に出てしまう。目の前の少年は身体を縮こませ「どうか……」と繰り返す。
なんだか我儘を言って弱い者をいじめているよう。これでは悪役令嬢そのものだ。
「馬車に戻ります」
短くそう告げて、まだ温い馬車のソファに腰掛ける。冷静になると、今日の私は随分と子供っぽい態度を取っていた。
適当に話して途中で切り上げればいいだけなのに。自分で思っている以上に昨日のやり取りが堪えてるのかもしれない。
「早く神様とにゃん太郎に会いたいな」
発車する兆しが見えない馬車の中で呟く。2人の前でなら、子供っぽい態度を取る自分も嫌にならないのになぁ。
「はぁ……なんか食べよ」
変にマイナス思考になるのはお腹が空いているせいかもしれない。成長期だし!
バッグの中からドライフルーツ入りの袋を取り出す。適当に掴んだ果物をそのまま口に放り込む。
「あ、これ美味しい」
一口かじった果物を見る。見た目はマンゴーっぽい。けれど味はレモンっぽい酸味がある。
噛めば噛むほど酸っぱさが広がり、次第に頭と目も覚めてくる。
「同じのまだないかな〜」
ご機嫌で袋の中身を確認する。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「どうぞ〜」
ドアの向こう側から掛けられた声にも、ついそのままのテンションで答えてしまう。
御者により、馬車のドアが開かれる。
私を見上げるように立っていたロゼの父は、眉間にこれでもかと皺を寄せていた。
怒っているのではない。
あれは理解し難いものを見る目だ。
ひとまず手に持っていた食べかけの果物をバッグに突っ込む。上から話すのも……と段差を降りれば、彼はごほんと大きな咳払いをした。
そして一台のカメラが差し出された。
「これをやろう。私が以前使っていたものだから型は古いが、短時間の映像記録もできる。こっちは映像保管用の水晶。ひとまず3回分用意したが、なくなったら自分で買いなさい」
どうすべきか迷っていると、彼の後ろに立つ御者と使用人と目が合った。彼らは何かを伝えようと、大きく口を動かす。
『受け取ってください』
「えっと、大事に使わせていただきますね」
「静止画は魔力を込めれば紙に転写できる。魔力制御のいい練習にもなるだろう」
スッと指で指示を送るとメイドが紙の束を持ってくる。
「お部屋の方にも同じ物をご用意させていただきます」
「足りなくなったら声をかけなさい。新しい物を用意させる」
「はぁ……。ありがとうございます」
お礼を告げると、目の前の男性の顔がほんの少しだけ緩んだ。
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