22.風呂の椅子
「いいですよ。でも汗臭いままなのは嫌なので、先に着替えていいですか?」
「もちろん」
「終わったら声かけるので、そこで待っててください」
「ああ。ゆっくりでいいからな」
短く返事をしてから部屋に入る。
荷物を下ろし、服を脱ぐ。自分と脱いだ服、そして荷物にそれぞれ浄化魔法をかける。そして綺麗なワンピースを頭からズボッと被る。着替えはこれで終わり。
窓を開けて空気の入れ替えもバッチリ。
ドアを開け、ブランを部屋に招き入れる。
「どうぞ中に入ってください」
声をかけると、ブランがぎょっとした表情を浮かべる。
何か変なところがあっただろうか。はてと首を傾げると、両肩にブランの手が伸びた。
「その髪、誰にやられたっ!」
「髪? ああ、これですか」
反応が遅れたが、思えば先程はフードを被ったままだった。
一日にしてイメチェンを果たした私を、誰かに虐められたのだと勘違いしているようだ。
「自分で染めたんですよ。これなら暗めの茶髪くらいに見えるでしょう?」
髪をちょこんとつまみ、自分でも改めて色を確認する。
染めた直後に確認はしているが、他人から見てもハッキリ色の差が分かるようなら上出来だ。
「他の食神信者に虐められてるわけではないんだな?」
「虐められると何も、神域で私以外の人に会ったことないですよ? 安心してください、これは私の意思。少しでも過ごしやすくなるための有意義な選択です」
ハッキリ告げると、ブランの手が離れていく。
「そうか……。確かにこれなら黒には見えない。結構綺麗に染まってるな。全部自分でやったのか?」
「はい。今後も定期的に染めていく予定です。ところで、それ、途中からやり直した方がいいですよ」
彼の手元の毛糸を指差す。
私の肩に腕を伸ばした際、強く引っ張りすぎたのだろう。綺麗に編めていた毛糸は台無し。グジャっとなってしまっていた。
「あ……」
「分からなくなったところと合わせて一緒にやりましょう」
「すまない。助かる」
「どこで分からなくなったんですか?」
「最後のところなんだが、中途半端になってしまって」
「なら前の段で切り上げて、少し編み込んでから長い分は切っちゃえばいいんですよ」
「切ってもいいのか?」
「少し長めに編み込んでおけば大丈夫ですよ」
ブランはふむふむと頷きながら、よれた部分を解いていく。編み直しも慣れたものでサクサクと腕を動かしていく。
「ところで私もガチャコインに関して聞きたいことがあって」
「ガチャコインなら、それぞれの神域に設置されているガチャに投入するだけだぞ」
「使い方は大丈夫なんですけど、他の神のガチャコインってどんなのか少し気になって」
「コインに描かれたデザインが違うだけで、入手方法や使い方はどこの神域も同じ。魔物を倒すか、宝箱を開けると自分が信仰する神のコインが出てくることがある。神から頂くこともあるな」
「自分が信仰している神ではなく、創造神様のコインを手に入れるには? あるなら一枚お守り代わりに持っておきたいな〜なんて」
「残念だがそれは無理だ。創造神様は五柱の神と違い、この地に降り立つことがない。だからガチャもないし、コインや創造神様を表すデザインもない。神々の関係やダンジョンに関する話はダンジョンに潜る前に学ぶか、先輩信者から教えてもらうものなんだが、他に信者がいないなら仕方ない。この辺りは学園に入ってから学ぶといい」
ブランが嘘をついている様子はない。
むしろ創造神の模様もガチャコインも存在しないことは一般教養の一つであると、普通に教えてくれただけ。
だが神様はコインに描かれていた模様を『創造神様の模様』だと断言していた。
つまり創造神様を表すデザインそのものは存在する。広く知れ渡っているかそうでないかの違いということか。
模様を知る誰かが作った偽装コインか、本物の創造神コインなのか。
未だ判断はできかねるが、ひとまずあのコインを神域外に持ち出さない方が良さそうだ。
探す時も慎重にならなければ……。
にゃん太郎にも外ではあのコインの話をしないよう、伝えておこう。
「創造神様のコインは手に入らなくとも、自分の信仰する神のガチャコインをお守り代わりに持っている者もいる。ロゼも余裕ができたらそうするといい。……ところでさっきお母様と何を話してたんだ。部屋まで声が聞こえたが」
途中、声のトーンが落ちた。
こちらが本当に聞きたかったことなのだろう。わざわざ様子を見にきてくれるとは、面倒見のいい兄のようだ。
「あー、夜中にお風呂を勝手に使ってるのがバレてたみたいで。釘を刺されました」
「水浸しにでもしたか?」
「まさか! 床もちゃんと拭いてから出てますし、常識的な範囲での使用だと思いますけど勝手に使ったってところが問題だったんでしょうね」
直接使うなと言われたわけではないが、何度も指摘させるのも悪い。今後は神域にお風呂を新設する方向で頑張ろう。
温泉でも可。
温泉ができれば、温泉スライムの皮を使った簡易サウナもできそうだ。
そうなれば今よりもっと豊かなお風呂ライフが待っている。
グッと拳を固め、未来に思いを馳せる。
「そうなのか? だが午後過ぎに見かけた侍女は子供用の風呂椅子を持ってたぞ。今日はお母さまが風呂の準備をしているようだったし、ロゼのために用意したのだとばかり……」
「幼い子供連れの誰かが来る予定でもできたとかじゃないですか?」
「今日、誰か来るとは聞いていない」
それらしい理由を適当に挙げると、ブランは眉を顰めた。
あの場にいなかったから、そんな顔ができるのだ。
さすがに色々整えてから迎えた相手に対して、汗臭いはないだろう。
私も前世で兄に向かって「くさっ」と言い放ったことは数知れず。逆もまたしかり。けれどそれが許されたのは、日々の関係性がしっかりあったからだ。
年単位でろくに接して来なかった相手に向けて放つ言葉ではない。
だがブランは黒髪のロゼとは違い、愛されて育っている。母親の行動が我が子を想ってのことだと信じられるのは素敵なことだ。
真っ直ぐと向けられた愛情が、黒髪の妹の世話を焼く行動にも繋がっている。
彼の優しさを否定しようとは思えなかった。子供には健やかに育って欲しいものである。
「たとえばの、可能性の話です。風呂用の椅子だと思ったけど実際は踏み台だったのかもしれないし、誰かへの贈り物だったのかもしれないし、使用人の誰かが使うために取り寄せたのかもしれない。ま、全て私の想像なんですけどね」
少し茶化したように告げる。
真実が知りたいのなら、私と議論するより用意した本人に聞くのが手っ取り早い。
ただし本当の答えを教えてくれるとは限らないし、本心であってもブランが納得するとは限らない。
これは風呂の準備に関してだけではなく、私の髪についても言えることだ。
最終的に落ち着くのは、嘘でも真実でもなく『ブランが何を信じたいか』でしかないのだ。
彼は口元に手を当て、しばし考え込む。
「……そうだな。今思うと、あれは踏み台にも見えた。風呂も、お母様が久々に入りたくて用意していたんだろう」
本心からの言葉ではないことは、その顔を見れば一目瞭然だ。
けれど真実を尋ねることはしない。
そう、宣言されたような気がした。
「面白い」「続きが気になる」など思っていただけたら、作品ブクマや下記の☆評価欄を★に変えて応援していただけると執筆の励みになります!




