16.ヌシ玉
「何これ」
にゃん太郎と二人で、バケツを覗き込む。入っていたのはうっすら黄色味がかった玉だった。
中央に大きく『ヌシ』と書かれている。
子供の頃、お祭りの屋台にこんな感じの大きなスーパーボールがあった気がする。
「変な模様が入ってるにゃ。これは食べられるのかにゃ?」
「食べたらお腹壊すと思う。普通のお魚にしとこ。美味しいの作るから」
「ならこれはロゼが持ってるといいにゃ」
「何に使うんだろうね。七つの水場を巡って全てのヌシ玉を集めると、豪華世界一周旅行が当たるとか?」
「ロゼが欲しいなら他にも探すにゃ」
「うーん、途中で飽きそうだからいいや。いくら分買ったらもらえるチケット数枚集めたらお皿と交換くらい気軽なやつがいい」
お皿と交換できると言ったら、やはりあの、日本で行われる春の一大イベントである。
実家でも一人暮らしをしてからもせっせと集めていた。
耐久性に優れており、年単位でガンガン働いてくれる。ただし毎年形が微妙に違うため、期間中に家族分確保はマスト。予備で数枚集めておくのがベターであった。
『当たる』『プレゼント』『もらえる』ではなく『交換』なところも重要だ。
魅力的な景品を掲げている抽選に応募することもあったが、見返りがもらえる方が嬉しいし、やる気が出る。
特に目の前の玉は商品に必ず付いている応募券とは訳が違う。他の玉がどこにあるのかも、全員で数個を取り合う式なのかも分からない。
そう思うと、某イベントのお皿やチケットほどテンションが上がらない。
それどころか、完全にお皿とイベントに思考が侵食されていく。日本の春といえば、に名を連ねる一大イベントの威力は恐ろしい。お腹の虫まで悲鳴を上げ始めた。
「にゃん太郎、そろそろ帰ろう?」
「もうちょっと魚ほしいにゃ」
取ってくるにゃ〜と軽快なステップで先ほどの場所に戻る。
私もヌシ玉と一緒に掬った水を切り、荷物をまとめる。
宝箱とガチャコイン、ヌシ玉は水気を拭き取ってからバッグの中へ。
先ほど釣った魚も忘れずバケツに移してから、にゃん太郎の横に移動する。
「ここのお魚バケツに入れちゃうね」
「にゃっ!」
返事をしながら、せっせと魚を確保するにゃん太郎。
今日もバケツみちみちに魚を入れ、神域に戻るのだった。
「ただいま帰りました〜」
「戻ったにゃ」
神域に足を踏み入れると、入り口のすぐ目の前で神様が待ち構えていた。
「よくぞ戻った。無事、特殊個体の討伐が成功して何よりだ。それで今日の成果はどうだ」
神様はバケツをじっと見つめている。よほど特殊個体のドロップ品が気になるようだ。
バッグからドロップ品を取り出しつつ、成果を報告する。
「ステルスミミックからは、空の宝箱とガチャコインをドロップしました。これが討伐した特殊個体です」
「ステルスミミックとはなんだ?」
「水の中に隠れてたミミックです。隠れてるミミックなので、勝手にステルスミミックって名付けました。その後に見つけためっちゃ早い魚は特殊個体か分かんないんですけど、ヌシ玉を落としました」
「ヌシ玉……。スライムはどうした?」
「途中で数匹倒して、ゼリーの材料も確保してきたにゃ」
にゃん太郎はえっへんと胸を張る。
喜ばれると思ったのだが、神様の反応は変わらない。
「普通の個体ではなく、大きいのがいただろう。別の種類の果物が実っている木の近くに」
「そんなのいませんでしたよ? ね、にゃん太郎」
「見てないにゃ」
「核は見えず、大きさはかなりのものだが見た目はスライムそのものなんだが」
二人で顔を見合わせ、改めて少し前の状況を振り返る。けれど返事は変わらない。
「見てないですね。もしかして神様が特殊個体を討伐してほしかったのって、ゼリーの材料を大量に確保するためだったり?」
「味の違いが知りたかったのだ」
新しい果物採取とセットで楽しむ気満々だったようだ。
表情は変わらないのに、すごく落ちんでいるように見える。申し訳なさが募っていく。
「違うの取ってきてすみません。お昼食べたらもう一回見てきましょうか?」
「見かけなかったということは、すでに討伐されていたのだろう。まさか同じダンジョン内、それも比較的浅い階層に特殊個体が数匹同時に存在するとはな……。まぁ、それもそれで使い道はある」
神様は私の手の中からヌシ玉を取る。
すると頭の中でピコンと音が鳴った。
【信者レベルが上がりました】
【神レベルが上がりました】
【神域開拓が可能になりました】
特殊アイテムを献上したことでレベルが上がったのだろう。にゃん太郎にも同じようなアナウンスが流れたようだ。煩わしそうに歪めた顔を前足でポリポリ掻いている。
「この玉って何に使うんですか? 7個集めて応募とか嫌ですよ」
「1個あれば十分だ。ちょうど開拓も解放されたしな。これをその辺に埋めてみるといい」
神様はヌシ玉を私の手に戻す。
「爪と同じで埋めとけばそのうち還元されるってことですか?」
「埋めれば分かる。小屋からは少し離れた場所に頼む。埋めたらすぐこちらに走ってくるのだぞ」
「はぁ……」
爆発でもするのだろうか。
一抹の不安は抱えつつも、小屋から少し離れた場所に穴を掘る。その中にヌシ玉を入れ、土をふんわりとかける。
そして言われた通り、神様たちの待つ位置まで向かう。
緩く走っていると、背後からポコポコポコっと音が聞こえてきた。何かから水が溢れるような音だ。お風呂を沸かす時の音に似てる。
足は止めずに後ろを確認すると、玉を埋めたところを中心に水が溢れ出ているではないか。
「神様、これやばいやつでは!?」
全力ダッシュに切り替え、神様の隣まで戻る。
切れた息を整えていると、ようやく神様がヌシ玉の説明をしてくれる。
「あれはヌシのための水場を発生させるアイテムだ」
「つまりヌシお引っ越しキットってことですか?」
「まぁそのようなものだ。畑を作るには水場も必要だろう。釣りすぎた魚を入れるための生簀にもなる」
「魔魚って神域入れるんですか? 一応魔物ですよね?」
「専用のケースに入れれば持ち帰れる」
「そのケースは」
神様は無言で小屋に視線を向ける。
正確には小屋の最奥にあるガチャを見ているのだろう。ちょうどガチャコインも手に入ったことだし、あとで回しに行こう。
「ちなみにヌシを倒すと水場も消滅する」
「移動させたかったらヌシを倒せばいいと?」
「神域で倒せば吸収されて、手元にヌシ玉は残らぬぞ」
使用できるのは一度きり。
ならば水場の発生場所も選ばせてほしかった。
とはいえ小屋以外何もない、移動手段も徒歩一択のこの場所で水場を作るなら小屋付近が無難ではあるが。
「それにしても結構大きな水場になりましたね〜」
「ちょうどいい岩場もあるにゃ」
気を取り直して、にゃん太郎と揃って水場を確認する。
意外と広くて水も澄んでいる。
底の方にある小さな石の間に虹色の魚が見えた。
討伐した個体と見た目は違うが、あれがヌシなのだろう。他の魚と判別がつきやすくて助かる。
「くれぐれもヌシは食わぬように」
神様はきっちり釘を刺す。
「はぁ〜い」
「気をつけるにゃ」
二人で緩い返事をして、小屋に戻る。
水場も気になるが、それよりも釣ってきた魚でお腹を満たすのが先なのだ。
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