13.臨時クエストと見えない圧
「おはようございま〜す」
「今日はずいぶんと大荷物だな」
「お昼ご飯と水筒と串焼きと、あと髪染めセットです。何回か使えるって聞いたんで、とりあえず手袋とケープ買ってきたんですけど、温泉スライムってダンジョン内にもいるんですか?」
話しながら、両手に抱えた荷物を机の上に置く。
串焼き肉を買うついでに散策していた時に、髪染めに使えそうなアイテムを見つけたのだ。
その名も『温泉スライムの皮手袋』と『温泉スライムの皮ポンチョ』である。
見た目は完全にポリ手袋とレインポンチョであった。それも100均で買えるようなペラペラのタイプ。
ゲームにはそんなもの登場しなかったが、洞窟散策の際の水滴避けや洗い物に重宝されているらしい。
温泉スライムの皮、なんて聞き慣れないワードがついているが、ほぼビニールと同じ。
皮は皮でも脱皮した皮。
それもスライムなので、他の魔物の皮よりも破れやすいそう。
それでも洗えば何回も使えるそうで、比較的安価なこともあり、試しに1セット買ってみた。
「聞いたことがない。おそらくダンジョン外で進化した個体だ」
「そうなんですね。グラグラに沸かしたお湯にスライム突っ込んだら脱皮するかな……」
「ダンジョン内でやってもキル扱いになるだけだと思うぞ。なにより、普通のスライムは脱皮しない。その環境で生活していく中で獲得した性質なのだろう」
「えー、残念」
温泉スライムは今のところ、温泉付近でしか発見されていないらしい。温泉にプカプカ浮いており、たまに脱皮するとのこと。攻撃性はなく、人や獣の垢を養分として生きていると商人から教えてもらった。
ほとんどの温泉で生息が確認されていることから、温泉スライムの皮は安定して採取できる。そのため低価格で各地に流通できるのだと。ありがたい話である。
使い心地が悪くなければ、ハンバーグなどを調理する時に使いたい。
今回買わなかった小さめの袋は熱湯に入れても大丈夫らしいので、そちらも気になるところだ。
ひとまず買ってきた手袋とポンチョを、乾燥させておいた髪染めと自分用の櫛の横に置く。するとにゃん太郎がトコトコとやってきた。
「それは何に使うのかにゃ?」
「午後に髪を染める時に使うの。薬っぽい匂いがするかもだけど、奥の部屋使って換気もするから少し我慢してもらえると……」
「なんで染めるのにゃ?」
「ざっくり言うと擬態かな。この色だと何かと周りがうるさくて」
「ふうん。今日は遊ばにゃいのか……」
にゃん太郎はつまらなさそうに尻尾を垂らす。
髪染め云々より午後の過ごし方の方が気になったようだ。だが心配は無用だ。
「遊ぶよ。昨日話したボンボンも作ってきたんだから!」
お弁当と一緒に入れておいた毛糸のボンボンをバッグから取り出す。
輪っかも付いているため、あとで木の棒に吊り下げて遊ぶことも可能。
好きな色が分からなかったので、赤と白のを2つ作った。赤いポンポンをにゃん太郎の前に置く。
「にゃにゃっ!」
早速ペシペシと転がしながら遊び始めた。
可愛い。ひとまずお気に召したようでなによりだ。
「朝ごはん用意してる間はコロコロして遊んどいてね〜。ひとまず干物を……ってほとんど残ってない!? なんで??」
キッチンに立つと、大量にあった干物が手の指で数えられるほどまで減っていた。私の苦労と貴重なおかずはどこに消えたのか。
焦って調理台の周りだけでなく、机の下や玄関付近も探す。すると足元から答えが返ってきた。
「お腹空いたら食べていいって言ってたにゃ」
ボンボンで遊びながら答えるにゃん太郎。
まさかの回答に一瞬思考が止まる。
「言ったけど、え、夕飯足りなかった? すぐ食べるって分かってればもっと作っていったのに……」
「夜に食べたにゃ。だめだったかにゃ?」
「食べること自体は大丈夫だけど、干物を作るのに結構塩使ったから。身体がだるいとかない? 塩分の摂りすぎは怖いんだから」
人間なら一度や二度くらいなら浮腫む程度で済む。
だが相手は猫だ。普通に話していても、どこかに影響が出ているかもしれない。その場にしゃがみ、にゃん太郎の顔を覗き込む。
「食べたのは我が輩だけじゃないにゃ」
にゃん太郎の視線の先にいるのは神様だ。
調理台にスライムの核とオレンジを積んでいる。本人はこちらに視線もくれず、そっけなく答えた。
「にゃん太郎が供物として捧げてくれた。食べていいと言っていたではないか」
「食べてもいいですけど、食べる物と量は考えてくださいよ。用意した夜食で足りなそうだったら、言ってくれればまだまだ作りますし、干物だってちゃんと焼いて帰りますから……。塩分過多は身体に悪いので、これからは干物の大量食いはやめてくださいね。ほら、二人とも水いっぱい飲んで!」
コップとお皿になみなみと水を注ぎ、二人に差し出す。
彼らも反省しているのか、ただ喉が渇いていただけなのか、素直に飲み始める。空になったコップと皿に問答無用で二杯目を追加し、朝食の準備に取り掛かる。
もちろん、塩分は控えめで。
朝食を終えると、にゃん太郎は満足気に毛繕いを始める。
「いっぱい食べたから、いっぱい動けるにゃ」
「今日のクエストは少し厄介だからな」
「お肉ハントじゃないんですか?」
お肉ハント、別名 オーク討伐。
第一階層にいるオークを倒しては移動し、倒しては移動し、で今日のお肉をゲットしていく算段だった。
だが神様は私の計画をバッサリと切り捨てる。
「釣りだ」
「あー、まぁそうですよね」
干物は残りわずか。
オーク討伐でどれほどお肉が獲得できるか分からない状態で、一日をお肉ハントに費やすのはリスキーだ。
先に魚の補充をしておけと。
ただ魚料理が食べたいだけの可能性も否めないが、補充しておいた方が安心だ。
釣りをすることに異論はない。
「でも大変ってどういう」
質問すると、目の前にウィンドウが現れた。
【デイリークエスト:調理した魚を捧げよう】
【デイリークエスト:新たな果実でフルーツゼリーを作ろう】
【臨時クエスト:特殊個体を討伐しよう】
「なんか、ヤバそうなクエストが一個あったんですけど……。特殊個体ってなんですか!?」
臨時クエストとはその名の通り、突発的に出されるクエストのことだ。ゲームでもルートごとに十数種類用意されていた。
難易度はクエストによりけり。
初見殺しで失敗したらクエストが破棄されるものから、発生直後に完了するもの、数十日かけて地道にこなしていくものまで様々だ。
達成すると経験値が多く入ったり、特定のスキルレベルが上がったりと、何らかの嬉しい特典が付いてくる。
「昨日、ロゼが帰った後に第一階層で発生した個体だ」
「我が輩にも同じクエストが来たにゃ」
にゃん太郎は背筋をピンっと伸ばし、やる気十分だ。
神域で過ごすにゃん太郎には、私よりも先にクエスト通知が来ていたのだろう。
「にゃん太郎と協力して倒してくるがいい」
「私、完全に足手纏いでは……。私がいても倒せそうですか?」
「強さ自体はさほどではない」
「なんか引っかかる言い方ですね」
「まぁ行けば分かる」
「見た目とか、もう少し情報ないんですか?」
「釣りができる場所のどこかにいるはずだ」
「魚の魔物ってことですか?」
神様からの返答はない。
個体を見つけるのも含めての臨時クエストということか。釣りあげるまでひたすら釣り続けるタイプかもしれない。
それだと体力的に数日かかりになる可能性も……。
一抹の不安が頭をよぎる。
だが臨時クエストはあくまでオマケ。スルーしてもデメリットはない。考えすぎず、気楽に行こう。
「新しい果物は我が輩が採取するにゃ」
「にゃん太郎の方にも神様のリクエストおやつの依頼あったんだ」
臨時クエストに気を取られていたが、ちゃっかりフルーツゼリーのリクエストが入っていた。
にゃん太郎と私とで採取担当と調理担当を分けているあたり、今日中に作れとの圧を感じる。
臨時クエストよりこっちの方が明らかに重要度が高そうだ。
「第一階層にオレンジ以外も生えてる?」
「他の水場の近くに違うの生えてるにゃ」
さすがにゃん太郎。すごく頼りになる。
今日も案内を任せてしまおう。
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