12.もう一つの昼食
「じゃあ明日は毛糸のボンボン持ってくるね!」
釣り針を外した竿でじゃらし遊びを楽しんだ後、夕食を温めながら明日の予定を話す。
夜食用に置いておく分も合わせて机に並べる。
「串焼きはどうしよう? 明日はオーク肉狙いたいんだけど、肉被りになるからいらない? 味違うからウェルカム?」
「食べるにゃ! そこにあるので足りるかにゃ?」
にゃん太郎は私のバッグに視線を向ける。
中にはゴブリンの布の他に、にゃん太郎がゲットした魚の鱗が半分入っている。残りの半分はお掃除用に確保してある。
じゃらし遊びに突入する前に、洗ってヌメリを取っておいた。これなら安心してバッグに入れておける。
「全然足りるよ。帰りに換金して、そこから串焼きとか買うね。使った額以外を保管するための巾着も明日作ってくるから」
「さっきと同じものか?」
「袋は袋でも用途が違いますって。間違えないようにナイフとフォークの刺繍でもしておきますね〜」
好きに使っていいとは言われたが、無駄遣いしないよう専用のお金入れを作ることにした。
これから換金で得たお金はそこに入れて、使う分だけ取り出すことにしよう。
「袋ばかりが増えていくな」
「材料も手持ちにあるものを使うとなると、似たようなものばっかりになっちゃうんですよね〜。お財布も買うと高いですし。じゃあ私はこの後買取所に行かないとなので、そろそろ帰ります。お腹空いたら流しの横にあるご飯食べてくださいね」
黒いフードを被り、じゃっと手を上げる。
神域を出て、その足で買取所へ。
「結構いい額になったな〜」
持ち込んだアイテムは全部で金貨二枚分になった。
どちらも一つあたりの買取額は大したことなかったが、鱗の枚数が多かったのが今回の勝因である。
毎日同じくらい稼げるなんて考えてはいない。
それでも畑が開放される前に、録画機能付きアイテムを買えるかもしれない。少し調子に乗りそうだ。
きっちり貯金はするとしても、干物籠くらいは余裕だ。買取所に向かう間も、ついつい目で探してしまっていた。
今後も長く使う予定なので無駄遣いにはならない。
なにより数日置きににゃん太郎の風魔法に耐えていたら、健康体でも腰が死ぬ。
アラサーの身体を経験済みの身としては、腰の重要性を重々に理解しているつもりだ。ぎっくり腰はキッカケさえあれば気軽に年齢の壁をぶち破ってくるのである。
「初ギックリを思い出しただけで寒気がしてきた……。安めのでいいから手に入るといいなあ」
スカスカになったバッグを肩から提げ、まだまだ健康な身体で大きく伸びをする。そして御者が待つ小屋へと向かった。
「お嬢様! ご無事でよかったです……」
ドアを開けてすぐ、御者が駆け寄ってくる。昨日とはまるで態度が違う。ただ事ではない様子だ。
「何かあったんですか?」
「他の者が昼食をお届けに向かったのですが、どこにもいらっしゃらなかったようなので。深層に潜られたのではないかと心配で心配で……」
御者がチラリと机の上に視線を向ける。小さめのバスケットが目に入った。どうやら今日も昼食を用意してくれたらしい。
今朝、使用人が慌てていた理由の一つはお弁当だったのか。まさかお昼まで用意してもらえるとは思わなかったのだ。申し訳ないことをしたと反省する。
「第一、第二階層は念入りに探したようなのですが……」
「あー、今日は神域にいた時間が長かったので、たまたま時間が合わなかったのかもしれません。下の方のフロアには行ってませんよ」
少しぼかしつつ、危ないことはしていないとアピールする。
第一階層の奥の方にいたと伝えて、探してくれていた人を責められたら可哀想だ。
御者は「そうでしたか。神域なら安心ですね」と頬を緩める。私に怪我がなかった点も安心ポイントに加算されたのだろう。
「お腹は空かせていませんか? 簡単なものにはなってしまいますが、今からでも温かいものを」
「お昼は済ませましたから大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」
「いえいえ、お嬢様がお腹を空かせていないのならいいのです。空腹ほど辛いものはありませんから。明日以降は外出時に昼食と水筒をお渡しいたしますね。探索中の水分補給手段にもなりますので、途中で水筒が空になった際や食事が足りなくなった際は、遠慮なくお声がけください」
本気で私がお腹を空かせていないか心配してくれていたのだろう。
深くに潜っているかもと心配していた時より、食事の心配をしている時の方が声に真剣さが籠っている。
明日からはなるべく迷惑をかけないようにしよう。
そう心に決め、素直に頷く。
「このご飯、帰ったら食べますね」
「こちらは私の夜食にいたしますので、お嬢様は温かい料理を召し上がってくださいな」
御者はにこりと笑って、バスケットを手に取る。そして馬車に揺られて屋敷に戻るのだった。
玄関前で下ろしてもらい、ドアをくぐる。
すると2階から父がダダダと駆け降りてきた。
よく転げ落ちないなと感心してしまいそうなほど。
ポカンと口を開いていると、そのまま私に飛びかかってくる。
「猫の亡霊が出たと聞いたぞ! 怪我はないか!? 使用人から見つからなかったと報告を受けた時は肝が冷えた。明日から行くのをやめた方が」
「大丈夫ですよ。この通り無傷ですから」
両手を広げ、ほらとアピールする。
思えば御者は、にゃん太郎のことを一切聞いてこなかった。
お弁当を持ってきてくれた人は彼にダンジョン内での出来事を伝えなかったのだろうか。
目の前の父と小屋の中での御者の反応の違いに、わずかながら違和感を覚える。うーむと考え込む私の顔を父は左右から覗き込んだ。
「頭が痛むのか? どこか打ったのか?」
御者の件は少し気になるが、にゃん太郎の話題を詮索されると外出禁止になりかねない。
私としては、猫の亡霊に関する話題はスルーしてくれた方が大いに助かるのだ。
「やはりダンジョンは早かったのでは」
「大丈夫です。問題ありません」
ダンジョン行きを禁じようとする父に、短く言い放つ。
そして秘技 話題変えを繰り出す。
「それよりお腹空きました。夕飯そろそろですか?」
「昼食を持っていかなかったから、お腹が空かせているのか。すぐに用意させる。それから、明日からはキチンと昼食を持っていくように」
「は〜い」
適当に返事をして、ささっとその場を離脱する。
二階に上がると、母と目があった。
どうやら階段上から私達の様子を窺っていたようだ。
けれど何か話しかけてくるでもなく、そそくさと部屋に戻っていく。
何がしたかったのだろうか。
はてと首を傾げていると、今度は前方からブランがやってきた。
ドライフルーツがどっさりと入った木箱を抱えている。
「そんなにたくさんどこに持っていくんですか?」
「ロゼに渡そうと思って。神域に置いておけば、小腹が空いた時に自由に食えるだろう?」
廊下の真ん中で「これがベリーで、これが棗で」とドライフルーツの紹介を始める。
彼もまた猫の亡霊より食べ物心配派だった。
人によって心配ポイントが分かれるのか、少しでも長く接した相手には食い意地が張っていると思われているのか……。
暗くなり始めた窓の外に視線を向けながら、前者であることを祈るのだった。
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