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1.銀貨1枚

 翌朝。朝食のスープだけ先に飲み、目玉焼きとベーコンはパンに挟む。それをハンカチに包み、バッグに入れる。


 階段を下りると、玄関ではすでに御者が待機していた。


「お早いですね〜。では行きましょうか」


 目元の皺を深め、ふわっと笑う。周りの使用人達が何やら慌て出したのをまるで気にせず、馬車を出してくれた。


 彼に見送られ、早速ダンジョンへ。

 と言いたいところだが、先に行くべきところがある。買い取り店だ。にゃん太郎と生活する上で必要な爪研ぎやブラシを購入するためにはお金が必要だった。自分の髪染めに使うための櫛も買いたい。


 幸い、バッグには昨日手に入れた水魔石がある。換金すれば多少のお金になるだろう。


「水魔石の買い取りをお願いしたいのですが」

「水魔石ですね。魔石はそれぞれ重さに応じたランク付けを行っておりまして、最大ランクがA。そこから順にBCDEとダウンしていきます」


 受付の女性は『魔石サイズ一覧』と書かれた表を見せながら丁寧に説明してくれる。重さの隣には属性ごとの買い取り金額が並んでいる。


 重さに応じた買い取りをするアイテムは多いのか、女性のすぐ隣には電子計りが置かれている。まるでお肉屋さんみたいだ。


「それではお売りしたいアイテムをこちらのトレイに載せてください」


 指示された通り、水魔石を金属のトレイに載せる。彼女はトレイのまま秤に載せ、サイズを確認してくれた。


「Dランクの水魔石ですね。買い取り金額は銀貨1枚になります」


 焼き鳥基準で、日本の一万円に相当する額だ。かなりいい値段がついた。

 もらった銀貨を握りしめ、早足で目的の店に向かう。初めに入ったのはテイムした魔物向けのアイテムを売っている店。そこで爪研ぎになりそうな板と獣魔物用のブラシを購入する。


 無敵に思えた銀貨はあっさりと消え、残ったの銅貨1枚と鉄貨5枚。

 銅貨で自分用の櫛を買った。目が粗い木製の櫛だ。模様などはなく、若干ボコボコしている。子供が小遣い稼ぎに作ったのかもしれない。


 鉄貨は串焼きに変わり、残金0。ピッタリ使い切った。

 いい匂いがする紙袋を手にダンジョンに潜った。


「おはようございます」

 小屋のドアを開けると、二つの声が飛んでくる。


「本当に来たにゃ!」

「だから言ったであろう?」


 朝の挨拶に返ってきた言葉としてはかなり辛辣なものではなかろうか。昨日、帰宅する際は悲しそうだったのに……。連れ帰るべきだったのか。


 ヒッソリとダメージを受けていると、神様がクイクイと私の服の裾を引いた。


「待っておったぞ。そんなところで立ち止まってないで、奥に入れ」

「え、待たれていたんですか?」

「当然だろう。今日の分のデイリークエストも考えてある」

「我が輩も腹が減ったにゃ」


 神様とにゃん太郎はさぁさぁと私をキッチンに誘導する。来るか来ないかではなく、来る時間を予想していただけかもしれない。少なくとも歓迎の気配は感じる。気を取り直して荷物を置く。


「ところでその袋は何にゃ? いい匂いがするにゃ」

「オーク肉の串焼き。3本買ってきたんだけど、にゃん太郎ってオーク肉大丈夫?」

「魚が一番だけど、肉も食べるにゃ」

「そっか。なら焼いた煮干しと一緒にお皿に移してから出すね。神様、今日は何がいいですか?」


 メインはゼリーになりそうだが、昨日採取した材料もいくつか残っている。神様はチラリとそちらを確認する。そして短く「任せる」と答えた。


「なら今日は果肉じゃなくて、ジュースにしてからゼリーに加工しますね」


 調理道具の中からスクイーザーを取り出し、切ったオレンジを絞っていく。だが力の問題なのか、思ったより綺麗に絞れない。結構粒感というかざらっと感がある。これもまた100%ジュースのよさではあるものの、一度濾した方が口当たりがよくなりそうだ。引き出しを開け、茶漉しを探す。だがそれらしいものが見つからない。


「神様、茶漉しってどこですか?」

「ない」

「え、本当に? お茶淹れる時になかったら困りません?」

「ティーポットもないのだから必要ないだろう」


 思えば神様が出してくれたのはカップやグラス、水差しのみ。その中にティーポットはなく、昨日の私は持参した水筒からお茶を淹れて飲んでいた。


「濾し器とか」

「ないな」

「ザル」

「ザルならそこにある」


 神様が指差した場所には大きさの違うザルが三つ並んでいた。一番小さなザルを手に取り、ボウルの上にセット。絞ったオレンジをザッと入れる。オレンジならこれでいいが、漉し器がないのは色々不便だ。立派なものでなくとも構わない。せめて綺麗な布巾でもあれば……。


「ゴーストの頭巾って綺麗な布巾として代用できそうですよね……」


 ボソッと呟く。

 なにせ中身は魂であり、常に宙に浮いているのだ。入念に洗えば、調理に使えるのではないか。


 そんなことを考えていると、隣から神様のじっとりとした視線を感じる。


「ゴーストの頭巾を剥ぎ取ろうなど、おぬしはなかなか怖いことを考えるものだ」

「人を追い剥ぎみたいに言わないでくださいよ。ドロップしたのを有効活用しようとしてるだけです。スライムの核と一緒! それに手に入れた時にこれは使えなさそうだな〜と思ったら、普通に布巾とか台拭きとかにします。ちゃんと見てから使いますから安心してください」

「そう言われるとそうか」


 納得してくれたようで何よりだが、神様の中で私ってどんなイメージなのだろうか。

 スライムの核とオレンジジュースを煮詰めながら少し不安になる。


「昨日の布は使わにゃいのか?」

「あれは他のものに加工したから、あとで見せるね」

「にゃっ」


 にゃん太郎は元気に返事をして、私の足元で待機する。可愛い。これが猫のいる暮らしというものか。前世の同僚が熱弁していた猫の愛おしさが今になって理解できる。


 にゃん太郎からしてみればご飯を待っているだけなのだろうが、暮らしがツーランクほど上がった気になる。


 鼻歌を歌い出したい気持ちを押さえ、引き続き調理を続ける。

 そして昨日の夕食と少しだけ変わったメニューを完成させた。


「できましたよ〜」

「にゃにゃっ〜」


 神様の前にはオレンジゼリーと炒め物、にゃん太郎の前には串から外したオーク肉と焼いた煮干し。そして私の前にはこれら全てに加えて、自宅から持ってきたおかず突っ込みパンを並んでいる。飲み物も付けたらバッチリだ。


「いただきまぁ〜す」


 両手を合わせてから串焼きにかぶり付く。少し冷めてしまっているが、濃いめの味付けが最高だ。公爵家で暮らしていたらまず口にすることはなかっただろう。軽く塩っけが付いているだけの炒め物との相性も抜群だ。


「肉も美味いにゃ〜あ」

 にゃん太郎も口元にタレをつけて満足そうだ。

 必要なアイテムだけでなく、串焼きも買ってきてよかった。


「同じオレンジゼリーでも昨日とはまた違って、これも美味いな」

「オレンジが甘いから砂糖なくても全然いけますよね。私は昨日のよりこっちの方が好きです。神様はどっち派ですか?」

「どちらも美味いが、やはり足りない」

「大きめのカップで作ったんですけど。お昼分は二個にします?」

「うむ」


 力強く頷く神様。

 普通の子供相手ならデザートばかり食べさせるのも……と悩むところだが、相手は神様。食べられるものと私が入手できる材料が限られている以上、食べられるものは好きに食べさせてあげたい。


 幸い、オレンジはまだ3つ残っている。

 お昼は果肉入りとジュースにしたゼリーの両方を作ることにしよう。



「2章 悪役令嬢と神獣」がスタートしました!


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