24.乙女の秘密とお守り袋
「ところでさっきの布は何に使うんだ?」
「マットを作るんです」
「マット? あんなに細くしたのに作れるのか?」
「あれを毛糸みたいに編むんですよ」
「ロゼさえよければ、作っているところを見てていいか?」
「いいですけど、別に面白いものではないですよ?」
そう伝えてから、2つの椅子を机の前に移動させる。
背もたれ付きの椅子と、ドレッサー前の小さな椅子。
ブランは小さな方の椅子に腰掛け、編み物に興味津々である。年齢よりも幼く見える仕草に思わず笑いが溢れた。
早速作業に入る。
一段目は指で編み、二段目以降は腕でザクザクと編んでいく。
「棒みたいなの使わないんだな」
「腕が編み棒の代わりになっていて。アームニッティングっていう編み方です」
「輪が大きいけど大丈夫なのか?」
「使う布の幅が広いから出来上がりは良い感じになるんです」
「いい感じ……」
「まぁ見ててもらえれば分かります」
説明するより実物を見てもらった方が分かりやすい。
「まさかとは思うが、そのマットを敷いて、ダンジョンで食事をするつもりじゃないだろうな」
「お昼はちゃんと神域に戻りますって。これは神域内で使うんです」
「ああ、クッション代わりにするのか」
ブランは一人納得する。だが使い方は彼が想定しているものとは異なる。これはにゃん太郎へのプレゼントだ。
にゃん太郎を迎えたのは突然のことで、ベッドすら用意していない。猫とはいえ、床に直では冷えるはず。
いらないと断られたら、その時は玄関マットとして設置予定だ。無駄になることはない。
そのままザクザクと編み進めていく。
最後に残った端っこもほつれないよう、編み込んでいく。
久々だからか、話しながらだったからか、少し時間はかかったが、それでも一時間とせずに完成した。
会話を挟んでいるとはいえ、ブランは暇しているのではないか。
初めはそう思ったが、余計な心配だった。彼はずっと横で私の腕を眺めていた。
途中、自分の腕に毛糸を引っかけるような様子もあった。後日自分でも何か作るつもりなのかもしれない。
「確かにマットだ」
「ね、良い感じになったでしょう?」
「ああ。編み物って指や腕でもできるんだな」
「腕使った編み方は太めの糸や布じゃないと、編み目が大きくなっちゃいますけどね。ザクザクと編めてストレス解消にもいいですよ」
「なるほど。確かに俺でもできそうだ」
ブランはふむふむと頷く。
やはり編み物に興味があるようだ。
「よかったら何か編みますか?」
「え」
「裁縫セットと合わせて色々用意してくれたみたいで、太めの毛糸もいくつかあるんですよ」
机の端に避けていた毛糸玉を正面に持ってくる。色も太さも様々な毛糸が籠いっぱいに入っている。
その中には腕編みにも使えそうな太めの糸がいくつか入っていた。これとかこれとか、とブランの前に並べてみせる。
「だが……」
「見るだけより実際に作ってみた方が覚えますよ? 分からなくなったら私が教えますし、夕食後にでも興味があったら」
無理にとは言わないが、興味があるなら自分で作ってみるのはどうかと思ったのだ。ブランは視線を彷徨わせる。そして困ったような声を漏らす。
「1日ダンジョンで過ごして疲れているだろう?」
「今日は第一階層を軽く回っただけなので大しては……。それに今日中にもう1個作りたいものがあるので、もう少し作業します」
「なら夕食後にまた来る」
ブランはそう告げて部屋を後にした。
そして宣言通り、夕食後に戻ってきた。
緑色の毛糸を編みながら、私がお守り袋を作る様子を興味深そうに眺めていた。
正確には彼が目を丸くしていたのは、お守り袋そのものではなく刺繍。
私が刺したのは『開運御守』の文字。
やはりお守りに文字の刺繍は欠かせない。
黒い糸で刺繍された布が3枚並んでいる。
初めは1つのつもりだったが、端切れが沢山あるからと神様とにゃん太郎の分も作ってみた。入れる物は本人達に決めてもらおう。
「編み方もだが、そういうのはどこで学んだんだ?」
「乙女の秘密です」
何とも言えない視線を向けられる。
そもそも『開運御守』の刺繍が文字なのか模様なのか分からないブランからすれば、怪しいことこの上ない。だが私も素直に答えるつもりはない。
「乙女の秘密です」
その一言を繰り返し、なんとか押し切ったのだった。
緑色のマフラーを完成させた兄が帰った後。
自分のお守り袋に入れるため、バッグに入れていたあの紙を取り出す。
そして異変に気付いた。
「焦げてる?」
紙の半分ほどが焦げているのだ。
火が付いて燃えた、というよりも下から炙ったような焦げ方だ。
子供の頃、推理小説の真似をしてレモン汁で書いた文字をライターで炙ってみたことがあるのだが、それとよく似ている。
違うのは文字も模様も描かれていないところ。
折り目がついた状態で焦げているため、中を確認することはできない。無理に開けばパリパリと崩れてしまうことだろう。
代わりに、紙を入れていた内ポケットを確認したが、焦げたり燃えたりしたような跡は見つからなかった。
「明日、神域に行ったら神様に聞いてみようっと」
ひとまずこの状態でお守り袋に入れ、キュッと紐を縛る。
そしてショルダーバッグにお守りをくくりつけた。
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