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23.切る

「俺が切りたいのは髪の毛だ。どうやって切ったのかは知らないが、ガタガタじゃないか。お前だってそのためにメイドに鋏を用意させたんだろう?」

「いえ、この布を切ろうとしたら裁縫セットに裁ち鋏だけ入ってなかったので。……よしっ、できた」


 話ながら顔を上げる。


 少し顔を離した状態で切り取り線を確認する。ちゃんと真っ直ぐと引けている。ガタッとなっているところもない。まぁ多少ガタついても問題はないのだが。


「そう、なのか?」

「はい。髪は今後もある程度伸びてきたらざっくり切る予定なので、このままでいいです。気にする人もいませんし」

「俺が気にする」

「でももう少しで王都に行くんですよね? 今は毎日見ると思うから気になるだけで、そのうち忘れますよ」


 突き放したような言い方になってしまった。だが鋏の扱いが慣れているかも分からない子供に、髪を切らせる度胸はない。


 髪が今よりガタガタになることはないのだろうが、肌が切れそうで怖い。


「なら伸びてきた頃にまた切りにくる。だから俺に長さを整えさせてくれ」

「私で散髪スキル磨こうとしないでくれます!?」


 今度は私が突っ込みを入れる番だ。

 なにせブランが切ろうとしているのは後ろの髪。


 前髪と比べて恐怖度数が跳ねあがる。清水の舞台から飛び降りるとまではいかないが、日本一怖いお化け屋敷に入るくらいの恐怖はある。


「真っ直ぐ切れるか心配なら、先にその布を切らせてくれ」

「ええ~」


 ブランは簡単に引く気はないようだ。なんと厄介なことか。

 適当に断るためにも、先にゴブリンの布を渡す。


「ちゃんと練習してきたんだ!」


 ふんすと鼻を鳴らし、布に鋏を入れる。迷いなくチョキチョキと鋏を進めていく。


 点線があるとはいえ、直線の上ですらまっすぐ切れない人もいる。前世の姉がそうだった。不器用な人なのだ。だから我が子の宿題を私に押し付けてきたわけだが。


 そんな姉はもちろん、当時の姪と比べても、ブランは鋏の取り扱いには慣れているように見える。


「どうだ?」


 2枚とも切り終えたブランはドヤ顔をこちらに向ける。


 布を切ったくらいでそこまで自慢気にされても困るのだが、よほど私の髪が気になるのだろう。入学前に気になることを全て片付けておきたいだけかもしれない。


 これ以上断っても無駄だと察し、大きな溜息を吐く。


「……分かりました。今回は長さを整えるのをお任せします。次回以降は今回の出来を見て、ということでいいですね?」

「ああ、ありがとう」

「ただし、条件があります!」

「条件?」

「昨日分けてくれた煮干し、どこで売っているのか教えてください」


 使い道は言わずもがな、にゃん太郎の今後のご飯である。

 ダンジョン内で魚を調達できるのがベストだが、調達できなかった時のことも考えておきたい。


 それに私よりもずっと強いにゃん太郎が魚欲しさに神域まで着いてきたくらいだ。

 よほど美味しいに違いない。特別な日のおやつとしても使えるかもしれない。


 そう思ったのだが、ブランの回答は意外なものだった。


「火神神域のギルドで携帯食として販売しているんだよ。魚自体も特別な物じゃなくて、初心者が取ってくるダンジョン産の魔魚を買い取って加工しているんだ」


 特別な物だとばかり思っていたのだが、火神信者なら誰でも買える代物だったらしい。たまたま煮干し作りが上手い人が作った物に当たっただけか。


 兄曰く、煮干し1袋分で銅貨3枚。

 魔魚の買い取り価格が分からないため、なんとも言えないが、神域内ギルドで売っている品だ。適正価格なのだろう。


 火神神域内ギルドに買いに行くのは無理だが、特別な魚を使った超高級煮干しだとか言われなくてよかった。材料が魔魚なら釣りは必須だが、私でもゲットできるのもありがたい。


 釣り竿もどこかで調達しなければ……。

 迷子になっている時に通った店では取り扱ってなさそうだが、ガチャで排出されるのを呑気に待つ余裕はない。


 明日神様に相談してみよう。

 そんなことを考えていると、ブランは他に悩みがあるのだと思ったらしい。


「他に聞きたいことがあるなら遠慮せずに言ってくれ」

「大丈夫です。髪、よろしくお願いします」

「ここに腰掛けてくれ」


 ブランは姿見の前に椅子を移動させる。

 ドレッサーよりも大きい鏡を選んだのは、切っている姿を見えるように配慮した結果なのだろう。


 入ってきた時は気づかなかったが、外に使用人を控えさせていた。彼から櫛や三面鏡など、必要な道具を受け取る。


「最初に櫛を通していくからな」

 声をかけ、髪を梳かしてくれる。

 そして櫛を添えながら、慎重にチョキチョキと切っていく。


 布を切る時よりもゆっくりと。

 ミスをしないように。そんな緊張感が伝わってくる。


「よし、できたぞ。確認してくれ」

 ブランは小さく息を吐く。そして背後で三面鏡を開いた。


 思ったより綺麗に切られている。首を左右に動かして確認していると、ブランがおずおずと口を開いた。


「合格か?」

「はい。次もよろしくお願いします」

「ありがとう」

「お礼を言うのは私の方ですよ。綺麗にしてくれてありがとうございます」


 ブランは恥ずかしそうに笑う。

 そして道具を片付けながら話を変える。




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