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22.ゴブリンの布と裁ち鋏

 御者が待つ小屋に戻ったのは、約束の時間ギリギリ。

 少し余裕を持って神域を出たつもりだったのだが、道に迷ってしまったのだ。


 隠密ローブを羽織って出てきてしまったこともあり、道を聞くにも聞けず。ひたすらあっちに行ったりこっちに行ったり。


 その甲斐あって、大体どこの店で何を売っているのかは把握した。迷子も無駄ではなかったのだと自分に言い聞かせる。


 幸い、御者の機嫌はいい。

 今も馬車を運転しながら「楽しめたようでよかったです」と私以上にご機嫌で話している。


 午前中からかなり長いこと待たせてしまったが、その間に読み進めていた本が面白かったのだろう。明日は早めに出発したいという願いもすんなり受け入れてくれた。


 屋敷に到着し、御者にペコリと頭を下げる。

 そのまま部屋に直行。浄化魔法をかけてから、部屋着に着替える。


 そこでふと机の上に置かれた新たなアイテムが目についた。


「裁縫セットだ!」

 どうやら行きがけに欲しいと伝えた物を早速揃えてくれたようだ。


 裁縫セットと一緒に編み物セットと刺繍セットも置かれているのは、令嬢らしくなってほしいという思いの表れなのだろう。


 込められた想いはさておき、もらえるならありがたく受け取っておこう。


 ただし困ったところが一つ。


「棒針しかない……」


 編み物一式に用意されていたのは棒針。

 サイズ違いでいくつも用意してくれているのだが、かぎ針派の私には使い方が分からない。使い方説明の紙や編み物の本もない。


 本来のロゼならかぎ針棒針以前に編み方すら知らないはず。

 そんな子にどうやって編み物をさせるつもりだったのだろうか。ひとまず用意しただけ感が強い


 とはいえ元々欲しかったのは裁縫道具のみ。

 そして直近で編むのは毛糸ではなく、ゴブリンの布。にゃん太郎から譲ってもらった例の布だ。


 馬車の中で広げてみたところ、着古したTシャツのような生地だった。

 このまま使ってもいいのだが、今回は細く割いて使う予定。Tシャツヤーンというやつだ。それなら編み針を使わずとも、指と腕だけで編める。


 Tシャツヤーンが流行っていた頃、姪っ子と一緒に指編みでコースターを、腕編みでバスマットを作ったことがある。


 お盆に帰省したら夏休みの宿題を手伝わされただけなのだが、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。


 ゴブリンの布は意外にも大きく、1枚でロゼの身長ほどある。2枚もあれば、にゃん太郎用のマットだって作れるだろう。


 早速布をカットしようと、裁縫セットを開く。

 だがお目当ての物が見つからない。


「ないのは裁ち鋏だけ、か」

 他の道具も確認してみたが、裁ち鋏以外は全て揃っている。当て布に使えそうな綺麗めの端切れまでばっちりだ。入れ忘れだろうか。


 部屋を出て、見かけた使用人に声をかける。


「すみません」

「はい。ってお、お嬢様!? わ、わたしにどのようかごよっでひょうかああ」


 思いっきり噛んだ。けれど恥ずかしさより恐怖が優っているようだ。小さく震えている。


 声をかけた時には気づかなかったが、顔には幼さが残っている。メイドの見習いといったところだろうか。小動物を彷彿とさせる。


 頑張って働いてくれているところに、無駄な緊張させてしまって申し訳ない。


 あまり引き止めても悪い。サクッと用件を告げる。


「裁ち鋏をお借りできませんか? 用意してもらった裁縫セットに入ってなくて」

「た、裁ち鋏ですね。すぐに旦那様に確認いたしますので、しばらくお待ちくださいませえええ」


 少女はさささ〜っと走り去っていく。


「ひゃっあ」

 盛大にコケた。そして恥ずかしそうに立ち上がり、再び走り出す。


 大丈夫だろうか。不安で背中を目で追っていると、「廊下は走るなといつも言っているでしょう!」と指摘の声が飛んできた。


 どうやら少しそそっかしい性格のようだ。

 私が怖くて猛ダッシュを決めたわけではなかったようだ。少しホッとする。


 しばらく待っていると、ドアがノックされた。


「はぁ~い」

 ドアを開くと、そこには先ほどの使用人ではなく兄が立っている。

 手には裁ち鋏と一緒に、普通の鋏が握られていた。


「ありがとうございます」

 頼んだのは裁ち鋏だけだが、使用人は随分と焦っていた。途中でどちらか分からなくなって、両方託したのだろう。


 短くお礼を告げ、手を伸ばす。だがブランはどちらの鋏も離してくれなかった。


「あの、手、離してもらっていいですか?」

「よければ俺に切らせてもらえないか?」


 真剣な表情で想定外の言葉を吐くブラン。

 御者からゴブリンの布の話を聞いたのだろう。布を切るのが好きだとは初耳だ。ゲームではそんな情報は出てこなかった。


 だが単純作業がストレス解消になるとはよく聞く話だ。私もひたすら刺し子をしていた時期があった。


「いいですよ」

 ブランは近々王都に引っ越すということもあり、ストレスが溜まっているのだろう。


 昨日いろいろもらったお礼も兼ねて、机の上に置いたゴブリンの布を持ってくる。


「縦方向に真っ直ぐ切ってもらって、端っこで折り返して戻ってきてください。1枚で長い1本の紐を作る感じで、幅は広め。えっとこのくらいで」


 指で大体の位置を示す。分かりにくいから印でもつけておくか。ペン立てから定規を、裁縫セットからチャコペンシルを取り出す。


「切る位置に印を付けるので、ちょっと待っててください。あ、よければ椅子どうぞ」


 部屋の中に招き入れ、椅子を引く。

 どうぞどうぞと案内すれば、ブランの顔色が曇っていく。


「それはなんだ?」

「ゴブリンの布です。2枚手に入りまして……。これを切りたくて来たんですよね?」


 シルク以外は布とは認めない! なんてコッテコテのお貴族様みたいなセリフは言わないはず。


 昨日もらった服も平民に紛れるのが目的ということもあり、絹製ではなかったし、しっかりお下がりだった。何度か身に着けていた証拠に布が柔らかく、動きやすかった。


 魔法で綺麗にしてもこういう変化は一緒なんだなぁと思ったものである。


 早速幅を測り、印をつけていく。切り取り線のように少しずつ間隔をあけて、トントントンと線を引いていくのだ。


 1枚目が終わったら、2枚目も同じ幅でせっせと印をつける。

 ブランは私の作業を眺めながら、ぽつりと呟く。


「もうゴブリンを倒せるようになったのか……」

「いえ、まだまともに魔法を当てられなくて。これは譲ってもらったものです」

「そうか。あまり無理はしないようにな」

「はい」

「……ってそうじゃない!」


 ほんの少しの沈黙は、兄の突っ込みによって破られた。



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