21.夕食と門限
だが今は神様の食事である。
いろいろと食材を見ていた神様の視線は、気づけばオレンジで止まっていた。
「このオレンジはスライムゼリーに入れる予定です。脱無味ゼリー!」
「ならば明日以降に回してくれ」
「5個もあるんですから、今日食べても明日の分はちゃんと残りますよ。安心してください」
「だが今日はもうデイリークエストを達成した後だ。凝ったものを作ったとしても、何か得るものはないぞ」
昼間も似たようなことを聞いた気がする。
神様は見た目こそ幼児なのに、変なところで気を遣いすぎなのだ。
神域まで着いてきて魚を要求したにゃん太郎の逞しさを少しは見習ってほしいものである。少し呆れつつ、私は私のわがままを通す。
「ゼリーに果物を入れると美味しくなるんだってことを分かってもらえれば、私はそれでいいです。あと、味のないゼリーとか調味料抜きの炒め物を食べていると私の判断力が鈍るので、取り入れられるものはガンガン取り入れていきましょう」
「よく分からんが、得るものがないとおぬしが理解しているならそれでいい。食べられるのは、これとこれとこれだな。他はまた埋めておくといい」
神様は左右に食べられるものとそうでないものを分ける。午前中はなかった素材も多いのだが、ほとんどが『食べれない』判定されてしまった。
だが昼のような掘り出し物があるかもしれない。
そんな期待を胸に、食べられない素材達を指差す。
「この中に料理以外に活用できそうなものはありますか?」
「ない。全て毒だ」
「了解です。帰る前に埋めておきます。ところでこのニンニクみたいなの、どこが食べられるんですか?」
見た目はニンニクだが、サイズはかなり小さい。料理本にはよく『ニンニクひとかけ』なんて書いてあるが、そのひとかけ分くらいのサイズ。
ゲームにも教本にも登場しなかった。
とはいえ見た目はやはりニンニクだからと、ひとまず持ち帰ったわけだが、味もニンニクと全く同じとは限らない。
「生でも食えるが、炒めると粘り気と独特な匂いが消えて食べやすくなる」
「へぇ」
粘り気と独特な匂い。
このセットで思い浮かぶのは、日本の代表的な発酵食品――納豆である。
好き嫌いが分かれる食べ物としても有名だが、私は好きだ。炊き立てのご飯にかけて食べるのが鉄板にして至高。納豆ご飯だけで3杯はいける。
ニンニクもどきを手に取り、スンスンと匂いを嗅ぐ。この状態では納豆の匂いどころか、独特の匂いというものも感じられない。
「好みが分かれる食材だから、無理に食べることはないぞ」
「我が輩、それは嫌いにゃ。ぶつかると変な匂いがなかなか取れなくにゃるのだ」
私が見つけたものは土の下に埋まっていたのだが、間違ってぶつかるような位置に生えていることもあるのだろうか。
風魔法を使う際、魔物だけでなくニンニクもどきまでも吹き飛ばしてしまうのかもしれない。
ゴブリン相手にヒーヒー言っている私には分からぬ、にゃん太郎ならではの悩みがあるのだろう。
「このままなら大丈夫? 今からこれも料理しようと思ってるんだけど、割ったらにゃん太郎にとって嫌な匂いが広がっちゃうかな?」
「身体に匂いがつかないにゃらいい」
「そっか。神様もこれ苦手だったりしませんか?」
「我に苦手な食材などない」
「さすが食神。じゃあお昼も食べたこの草と一緒に炒めちゃいますね。あ、そうそう。岩塩用のおろし金とかってあります?」
話しながら、岩塩を探す。
にゃん太郎の出現に驚き、入り口付近の棚に置いたままだったのだ。家具が少ないため、すぐに見つかった。
神様は私の拳半分ほどの岩塩を見て目を丸くする。
「まさかスコップで取ってきたのか?」
「嫌な音がしたにゃ」
私の代わりににゃん太郎が答える。
心底嫌そうな声で。あの時聞こえた猫の鳴き声はにゃん太郎のものだったのだろう。
知らなかったとはいえ、猫の耳には不快だったに違いない。にゃん太郎に向けて両手を合わせる。
「ごめんね」
「これからは神域に逃げ込むからいいにゃ」
「ロゼ、怪我はしていないか?」
「叩いた後、手が痛かったくらいで怪我はないです。でも次はハンマーを手に入れてからにします。これだけあればしばらく保つと思いますし」
岩塩を置き、両手を神様に向ける。切り傷どころか手荒れすらしていない手に、神様は満足そうに頷いたのだった。
「ご飯ですよ〜」
それぞれの食事の準備を終え、食事を机と床に並べる。にゃん太郎は早速焼いた魚にかじり付いた。
「うまいにゃ! 着いてきてよかったにゃ」
先ほどよりも食いつきがいい。ガツガツと食べ進めながら「神獣とはいいものにゃ」と口にする。幸せそうだ。
一方神様は、無表情で炒め物を食べ進めていた。
見ているだけでは美味しいのかそうでないのかの判断がつかない。私も小鉢に避けていた分にフォークを伸ばす。
「あー、これ、塩ない方がよかったですね」
ニンニクもどきの味は想像通り納豆であった。うっすら納豆のタレのような味まで付いている。味のレベルは昼から格段に上がっているが、
だからこそ塩気が強くなってしまったことが気になる。
多分ここに豚肉を追加したら美味しい。ついでにご飯も欲しい。
モグモグと咀嚼しながら、今後は完成前に味見を挟もうと決める。
「我はこれでもいいがな」
神様はフォローを入れつつ、オレンジゼリーの皿に手を伸ばす。
神様の本命はデザートなのだ。
ゆらゆらと揺らしながら、ゼリーの中に封じ込められた一口サイズのオレンジをじいっと見つめる。
表情は変わらないが、期待してくれているのはなんとなく分かる。
神様はしばらくの観察を終えると、シャキーンとスプーンを構えた。深めに差し込み、一気にオレンジまで掬う。
ゼリーよりもオレンジの面積がやや大きいくらい。
それを口いっぱいに頬張った。
「っ!」
一瞬、神様の目が大きく見開いた。そして再びゼリーにスプーンを刺したかと思えば、今度は先ほどの半分以下の量を口に運んでいく。
まるで小鳥が餌を啄んでいるかのよう。
「お気に召しませんでした?」
「少ない」
「え?」
「これだけではすぐに食べ終わってしまう」
気に入らないどころか、ゼリーカップいっぱい分の量がご不満だったようだ。
わずかだが、神様の唇はツンッとなっている。可愛い。思わず頬が緩む。
「よかったら私の分もどうぞ」
「いいのか? 信者ポイントは増えんぞ?」
「私は家で夕飯が待ってますから」
神様の頭を撫でたい気持ちをグッと堪え、自分の皿を差し出す。
「食べ終わったのなら狩りに行くにゃ!」
一足先に食事を終えていたにゃん太郎は、私の足元で伸びをする。
お腹も満たされ、やる気十分だ。
ダンジョン探索に付き合ってあげたいところだが、時計の長針は約束の数字を指し示そうとしていた。
「ごめんね。私、もう帰らないと。また明日にしよう」
「そうか……」
しょんぼりと耳を垂らすにゃん太郎。
罪悪感で胸が痛い。けれど門限を破れば、外で待つ御者に迷惑がかかる。
今後もダンジョンに通うためには、可愛い誘惑を断らなければならない。
「明日はなるべく早く来るから!」
「にゃ……」
いっそ連れて帰りたい気持ちもあるが、あの屋敷で暮らす人の中に猫アレルギーなどの疾患を持つ人がいるかもしれない。
前世は病弱だったこともあり、連れて帰るという選択を気軽に取ることはできなかった。
「ごめんね、ごめん……」
後ろ髪を引かれる思いで、隠密ローブを身にまとうのだった。
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