96 聖女の魔力と竜の卵
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アイシラが、一人で暗い場所にいる。
閉じ込められているのか、足には鎖がジャラジャラとついている。
ずいぶんと憔悴しているようだ、その両手から放たれている光魔法が点滅して、どこか弱弱しい。
「――――どうして、こんなことを」
アイシラの息遣いは、全力疾走した後みたいに苦しそうだ。
アイシラが抱きしめているのは、大きな白い卵。
その大きさから、ある一定以上の大きさの生き物の卵なことが分かる。
卵からは、黒い煙のような魔力が立ち上っていて、それをアイシラが抑え込もうとしているようだった。
「聖女様? そうですね。あなたの力で、もう少し時間稼ぎをしてください。まだ、準備が整っていない。あの目障りな王子とご令嬢を始末することが出来ていないので」
「あなた、いったい何をしようとしているの」
小説と台詞はずいぶん変わってしまっている。でも、話の流れは、シナリオ通りだ。
災厄の予兆をつかんで、聖女として王立騎士団とともに調査に乗り出したアイシラは、古びた研究所を発見する。その場所に現れた魔法陣で、ほかの場所に転移させられてしまうのだ。
おそらく、消息を絶った場所に、魔法陣の痕跡が残っているはず。
「さあ? その時まで、生き延びていられれば、見ることが出来るでしょう。世界の終わりと魔術の深淵を。そして偉大な竜の魔力を。頑張って、その竜の卵……もう少し持たせてください? あなたの魔力が持つ間は、時間が稼げますよ?」
「く……」
事実、アイシラが光魔法を使っている間だけ、竜の卵にひびが入っていくのは止まる。そして、黒い魔力も治まるようだった。でも、それも時間の問題だろう。いくら、アイシラが聖女だと言っても、魔力には限界がある。
「――――ここにいた。アイシラ」
その時、赤い髪の青年が風のように走りこんで来た。
それは、物語の通りの展開。そして、違うのは彼がすでにS級冒険者で、正体も隠していないということだけだ。
「カトル」
アイシラの前には、物語の通り冒険者として活動していたカトルが立っている。
それは、とても頼もしいと同時に、物語の強制力を感じさせるものだった。
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「カトル……」
揺れている馬の上で、よく眠れたものだと自分でも思う。
でも、闇魔法の力なのか、母であるリリーベルから受け継いだ力なのか、たぶん今見たのは、ほんの少し過去の出来事なのだろう。
――――小説と同じ展開。どれだけ、変えようとしても、災厄の足音はすぐ近くに迫っている。
「―――ルル」
「アレス殿下……」
「夢を見たの? どんな夢」
「アイシラが、カトルと合流しました。竜の卵が黒い魔力に覆われていて、今にも割れそうになっているのを、アイシラが必死に抑え込んでいます」
「――――そう、良かった」
アレス殿下が、穏やかに笑った気配がする。
そう、二人のことを信頼しないでどうするのだろう。仲間を信じられなければ、前に進めない。
「そうですよね。カトルもアイシラも頼もしいです」
「うん、寝言で、カトルの名前なんて呼ぶから、これからの行動について真剣に考えてしまったよ。本当に、過去の夢を見ていただけでよかった」
「え?」
なんだか、怒っているような気がするのは、気のせいだと思いたい。
だって、カトルとアイシラがピンチだったのだ。名前くらい呼ぶよね? そうだよね?
「うん、わかってるから」
基本的には公平で、心の広いアレス様。
どうして、時々急にこんなに心が狭くなるのだろう。
未だにそのスイッチが理解できない私が悪いのだろうか……。
「本当は、二人一緒に転移魔法で移動できると良いんだけど。いや、ルルがカトルのことをこれ以上考えるくらいなら、転移してしまったほうが……」
「二人を信じましょう!」
慌てて私は、アレス殿下の背中に力強く抱き着く。
転移の感覚が、絶叫系アトラクションだから拒否しているのではないのだ。
ただ、アレス殿下のことが心配だからなのだ。
「そういうことに、しておこうか」
アレス殿下は馬を走らせ続ける。
私のひやひやの心境なんて、多分知らないで。
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