95 災厄と竜の魔力 2
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今日も、転移魔法で屋敷まで来てしまったアレス殿下。でも、いつもなら、目があった途端蕩けるように笑うアレス殿下の表情は、どこか強張っていた。
アレス殿下が口にしたのは、想定していた中でも、最悪な部類だった。
「……アイシラとの連絡が途絶えた?」
アレス殿下の声音は硬い。竜の卵を探すため、聖女として活動しているアイシラの協力を得ようとした直後の報だった。
アイシラは、災厄の調査隊に参加していたが、一人消えてしまったという。
「どこで、消息を絶ったんですか?」
ドクリと心臓が嫌な音を立てる。
そういえば、小説でも、アイシラが消息を絶ったという件があったはず。
小説の中では、悪役令嬢ルルーシアと、第一王子アレスはもういないはずの、この時期、ヒロインのピンチを救うのは。
「カトルとの連絡は⁈」
「カトルは冒険者として旅をしている。先日の書簡では、北端にいると」
「……もしかしたら、カトルは、アイシラと合流しているかも」
そう、小説の中で、アイシラのピンチを救うのは、炎の魔力が暴発してしまい、王立学園から姿を消したはずの、カトルなのだ。
本人は正体を隠し、アイシラに名乗らないけれど、何度もアイシラは未来のS級冒険者に、命を救われる。
小説の筋書きからは、すでに大きくずれてしまった。何より、私とアレス殿下が二人揃ってここにいる。
けれど、もしも、シナリオが元に戻ろうとするのなら。
「……アレス殿下」
「行くの、ルル」
本当はもっと言いたいことが、あるのかもしれない。でも、アレス殿下は、私が絶対行くと、もう決めてしまったことに気がついている。
「止めますか?」
「止めないよ」
アレス殿下が笑う。
まるで、王立学園の入学式の後、当たり前のように、私の隣の席に座った時みたいに。
「一緒に来る気、ですか?」
「ひどいなルル。俺のことを置いていくの?」
コツンッと、アレス殿下が私のおでこに額を当てる。いつもなら、ここでどこか澱んだ瞳で見てくるのに、今日は凪いだ海みたいな青。
えっ、逆に不安になるのですが?
「あの」
「平気、平気だから。俺のことを置いて行かないで。置いて行かれる方が、何倍も辛い」
間違いなく、アレス殿下は不調を隠している。
第一王子アレスは、小説中でも最強だった。そんなアレス殿下ですら、抑え込むことができないほどに、二匹の竜の力というのは、膨大なのだろうか……。
本当は、待っていて欲しいと、言うべきなのかもしれない。でも、私は。
「選択を間違えないで。今、俺は二度の人生の中で、一番、幸せだ」
柔らかくて熱い唇が、私の冷えてしまった唇と重なる。
幸せっていうには、あまりにも耐えることが多いと思う、アレス殿下は。
それでも、私もたぶん、今までの中で、この瞬間が一番幸せだと自信をもって言える。
それだけ考えて、私はひとときの優しい幸せを受け入れた。
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