91 侯爵家当主
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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軽快な足取りとは正反対に、内心は穏やかではない。そのまま、気合を入れて扉を開くと、そこにはアレス殿下、シーク先生、レイド学園長、父が深刻な表情で話し合っていた。
セラフのそばで、長い耳をウェーブがかった髪と、認識阻害魔法で隠したレティが、「えっ、ちょっ、こんな機密事項、私の前で話さないでぇ」と、言わんばかりの表情で、所在なさげにしている。
ドアを開けた瞬間、全員の視線がこちらを向く。
フェイは、その視線の隙間をくぐり抜けるように、セラフの元に近づいて、同じように伏せた。
シーンと、音が聞こえそうな室内。
何か、話しかけて欲しい。
「ふぅ。……ルル」
アレス殿下に、手招きされる。
誘われるようにそばに行けば、冷たい手で腕を掴まれて、グイッと引き寄せられた。
「あっ、あの……」
「リベラは、無事にシュルツ侯爵令嬢を捕まえられた?」
フェイが出した黒い糸に捕獲されたレイチェル様。確かに、捕まえられたという表現がぴったりに思える。
「は、はい!」
「そう……。それは良かった。今後の動きに、彼女の協力は、必須だ」
アレス殿下は、寄せていた眉を緩めて、軽い安堵の表情を滲ませた。
「レイチェル様の?」
「ああ、長い間魔術師ギルドは、シュルツ侯爵家の影響が強かった。シュルツ侯爵家が、潰れてしまっては、困るんだよ」
パラリと何気ない紙切れのように、テーブルの上に置かれた紙。食い入るように見てしまったとしても、当然のことだろう。
まず、目に入ったのは、陛下直筆のサイン。
既にこの時点で、ただ事ではない。
「シュルツ侯爵家当主を、本日よりレイド・シュルツとする」
レイチェル様と同じ翠の瞳。
シルバーグレイの、落ち着いた印象を与える髪。
「学園長が、シュルツ侯爵の弟ということは、聞いていましたが」
「今日から彼が、シュルツ侯爵だよ」
大したことのない、日常の知らせを告げるくらいの軽さで、アレス殿下がその言葉を口にする。
「シュルツ侯爵家が王都の屋敷を半壊させ、騒ぎを起こした責任は、前シュルツ侯爵と、長男のデイルクに取ってもらうつもりだから」
半壊というより、全壊でしたし、直接的な原因は。
「……レイチェル嬢の二人の姉は、隣国の王子にそれぞれ嫁いでいる。シュルツ侯爵家の力を完全に削いでしまっては、隣国との関係が崩れてしまう」
アレス殿下の言うことは、最もだ。
「……あの、リベラ殿下は、その事を」
「もちろん。シュルツ侯爵家が、きな臭いと気がついてから、何度も二人で検討している」
……アレス殿下とリベラ殿下が述べた理由には、一理ある。でも、たぶんレイチェル様を切り捨てる方が、道は平坦だろう。
それを選ばないことは、確かにフェイの言う通り、災厄を防ぐ道を険しくするのかもしれない。
「ルルーシア」
「アレス殿下?」
「言ってみて、ルルの願いを。ルルは、レイチェル嬢をどうして欲しい?」
そんなの答えは、決まっていた。
たくさんのものを天秤にかけては、選び続けなければいけないのだとすれば。
心の奥底、大事な場所に仕舞い込まれた天秤は、揺らぐこともなく傾いた。
「レイチェル様を助けたい」
「ルル、俺も同じ意見だ」
たぶん渦中に巻き込まれる学園長をチラリと見る。
「貴族社会は好きではないが……。まあ、この際、王国をこの学園のようにしてしまうのも悪くない」
壮大なスケールだとは思う。
でも、私はそんな世の中が、現実に存在することも知っているのだから。
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