88 膝枕とモフモフ
さて、帰ってきた直後ですが、シーク先生の研究室で、なぜかアレス殿下に膝枕をしています。そう、アレス殿下は魔力欠乏に陥っているのです。
……当たり前だ。一回だけ、転移魔法を使っても、膨大な魔力を消費しているようだったのに、それを今日だけで三回も使ったのだから。そして、高度な回復魔法や解呪まで。
そんなことをすれば、いくらアレス殿下でも、確実に魔力が枯れ果てる。
「バカなんですか……。そう言えば、子どもの頃から時々そういうところがありましたよね?」
王太子であるアレス殿下に、こんなことを言っては不敬で罰せられても文句が言えない。
それでも、今は冒険者をしていた時のように、言わずにはいられなかった。
「力の調整も出来ないのに、転移魔法、今日だけで何回使いました? 回復魔法だって、リベラ殿下も、レイチェル様も完全に治ってましたよね。あと、リベラ殿下の魔力が封じられたのも解放してたし」
プルプルと私が震えているのは、怒りからだ。
自分のことをやっぱり顧みない、アレス殿下に怒っているのだ。
「ごめん、最後の転移魔法は、明らかに余分だった」
「そうですよ! なんで、最後に転移したんですか? そういうところ、詰めが甘いですよね」
「…………ごめん。だから、そんなに震えるほど泣くの我慢しないで」
「泣くのを我慢しているのではないです! 怒っているんですっ!」
魔力が欠乏すると、胸が押しつぶされそうなほどの倦怠感や呼吸苦、吐き気に襲われる。
そこから逃れるために、魔力が欠乏した場合、通常は眠りに落ちてしまう。
私が、同じ状況になったなら、三日は目覚めない自信がある。
それなのに、アレス殿下は、魔力がなくなっても眠ってしまうことが、ほとんどない。
「――――そうか、良かった」
「良かったじゃないです!」
ほろり、こぼれた雫。
これはいけない。……号泣、三秒前だ。
傷ついたりしないと約束したのもつかの間、あっという間にこんな状態になってしまったアレス殿下。きっと、これから先、何度でも。守りたい範囲が広がった分、きっと以前よりずっと、アレス殿下は。
「うくっ。……こんなことばっかりしていたら、信じてあげられませんよ?」
「ルルのことになったとたん、いつも何が正解なのかわからなくて、途方に暮れてしまうんだ。結果、自分でも信じられないような失敗をする」
「アレス殿下……」
アレス殿下は、文武両道、権力も最高峰で、造形も完成された彫像みたい、何もかも完璧な人なのだ。私が絡んだ時くらいしか、失敗や、はめをはずす姿を見たことがない。
――――なぜ、私なのだろう?
まあ、強い女性が好きというなら、分からなくもないけれど、悪役令嬢ルルーシアのことも、好きだったらしいし。特に強くはなかったはず。
そろそろと、柔らかい髪の毛を撫でる。
撫でるたびに、キラキラと光を反射するその髪。
シーク先生と、レイチェル様、そして呼び出された学園長レイド・シュルツ様は、別室へと行ってしまった。アレス殿下は、自分も同席すると言ってきかなかったけれど、体調を完全に崩しているのは明らかだった。
その証拠に、膝枕をして頭を軽く押さえつけたら、あっという間に大人しくなってしまった。
退室前に、完全にしかめっ面になった父が、「まあ、魔力が満タンだったとしても、抗えないだろうな」とアレス殿下の顔を覗き込んで、デコピンをしていった。
その時、アレス殿下が珍しく「くっ!」と呻いていたので、元S級冒険者のデコピンは、よっぽど痛かったのだろう。
「――――ルル」
「アレス殿下……。ごめんなさい。結局、遊園地がどうのなんて、理由をつけて、急いで帰るために転移魔法を使うのを、私が負担に思わないようにしてくれたんですよね?」
「……本当にごめん。それについては、俺のこと買いかぶりすぎだ」
うん、知っている。多分、本気が半分で、残りがやさしさだったのだろう。
あとから、それが半分という割合より多いのではないかと思い知るのだけれど、それはあくまで後日の話で。
「――――アレス殿下は、かわいいですね。守ってあげたくなります」
「そんなこと言うの、ルルだけだ」
確かに、王太子然としているアレス殿下は、かつてのように近寄りがたい。
でも、出会った瞬間から、アレス殿下は天使みたいに可愛らしかった。
その仮面の下に、あの時のアレス殿下がいつだって隠れているように私には見えてしまうから。
「ちょっと、だけ……」
「ええ、寝てもいいですよ? 私がちゃんと、護衛いたしますから」
「そうだね……。俺が守らなくてもルルは強いって、知ってるのに」
アレス殿下が、寝息を立てる。
たぶん、私のことを守りたいと、気を張っているのだ。
そのことに私が気づいたりしないように、細心の注意を払っているつもりのようだけど、さすがにわかってしまう。
だから……。私はちゃんとすべてと向き合うことにするから。
「――――フェイは、知っているんだよね? 災厄がなんなのか」
「……そうだな。竜は卵から孵ることができなくても、膨大な魔力を持つ。未来のことを話すのに、制約さえ無ければ。ああ……虫唾が走るな」
クロは、セレスに抱き込まれるように眠っている。まるで、本当の親子みたいだ。
孵ることができない卵は、今どこにあるのだろう。
「なあ、ところで、アイツのこと、止めなくていいのか?」
「そうね。――――ちょっとこっちに来て?」
そっと、膝枕を外して、フェイの体にアレス殿下の頭をのせておく。
モフモフは正義だ。堪能すれば、魔力も回復するに違いない。
「おいっ、アレスが起きた時のこと、考えて行動しているか?」
フェイのダメな妹を叱るような声が、すでに走り出していた私の、遥か後方で聞こえた。
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