87 脇役令嬢と願い事 3
「あー、シュルツ侯爵令嬢を巻き込んで、リベラは怒るだろうな。いや、怒り狂う、確実に」
リベラ殿下に回復魔法をかけながら、アレス殿下が、珍しいことに肩を落とした。
第一王子と第二王子の力関係は、普段アレス殿下が優位なように見える。
でも、廃墟になってしまったシュルツ侯爵邸を見れば、推して然り。怒らせてはいけない人というのが、存在するのだ。世の中には……。
「レイチェル様……」
足の傷が癒えたのを確認すると、レイチェル様はスッと美しい所作で立ち上がった。
「ふふっ、生まれて初めてですわ」
「え、何がですか?」
レイチェル様は、何故か愛おしそうに、黒い紋様を三本の指でなぞった。朝日に照らされたその姿は、どこか現実ではなく、夢の中みたいだった。
「……ただのレイチェルとして、願いを叶えてもらったのは」
悪役令嬢ルルーシアも、そうだった。
伯爵家に生まれて、貴族令嬢として育てられれば、ほとんどの願い事は叶えられた。
でも、それはただのルルーシアが、叶えてもらった願い事ではない。
「……実は、羨ましかったのです。自分の力で、願いを叶え、そしてただ一人の人として、王太子殿下に愛されているルルーシア様が」
「ふぇっ、愛されて、とか」
思わずフェイに助けを求めたのに、露骨に目を逸らされる。
「……取り敢えず、学園に参りましょう。シーク先生の部屋で、話したいことがあります」
それだけは、何故か無傷の扇子を広げて、調子を取り戻したように、レイチェル様が微笑む。
「えっ、こんなことがあった後で」
「……リベラ殿下が助けに来てくださってから、魔法が消えるまで、私は完全に守られていました」
えっ、その割にボロボロ。
考えが顔に出てしまったのだろう。レイチェル様が、ふふっと声を上げて笑った。
「本当ですのよ? 全てが崩れていく中で、檻のような魔法は、全てから私を守ってくれました。足の怪我は、……逃げようとした私をディルクお兄様の魔法が傷つけたのですし、素足になって怪我したのは、自分のせいですもの」
「あの、侯爵家が破壊されてしまって」
「良いのです。そもそも、シュルツ侯爵家は、王家に反旗を翻したも同然。こうなる前に、お伝えできれば良かったのですが、当然の報いです」
やっぱり、レイチェル様は、悪役令嬢ポジションになってしまったのだろうか。
王都で起こった爆発騒ぎに、人が集まりつつある。
「……そう言えば、シュルツ侯爵家の皆様は」
「父は、まだ帰ってきていません。ディルクお兄様は、どうなったか……。おそらく、死んではいないでしょうけれど」
廃墟の中には、ところどころ王立騎士団の鎧が、ひしゃげて散らばっている。それしか残されていない。
「……どちらにしても、証人はいないな。王立騎士団の鎧が流出したことを広めるわけにもいかない。騎士達に裏切り者がいたか、調べ終えるまで、この件は俺が預かる。あとは、あの方に巻き込まれていただこうか」
「あの方?」
アレス殿下は、冷たい瞳で鎧の破片を見つめると、魔法を放った。
「ひゃっ?!」
その瞬間、金属の鎧が、蒸発するように消えたのを見て、流石にゾッとした。
「俺たちの仇を、皮肉にもリベラが取ってくれたようなものか。いや、たぶん本当に最後の瞬間、ルルーシアと俺を殺した人間は」
「アレス殿下……」
「少し、考える必要があるな。取り敢えず、シーク先生の研究室に戻ろう」
そこで、アレス殿下が私の方を振り向いて、何故か少しだけ仄暗く微笑んだ。
「……ああ、そういえば転移魔法が、俺とは行きたくない場所があるって言ってしまうくらい、気に入ったみたいだね。魔力は心許ないけど、期待に応えて転移魔法で帰ろうか?」
「えっ? アレス殿下と行きたくない場所?」
「ゆうえんち、とか言ってたか。俺と行かないで、誰と行くのかな?」
あっ、それは誤解ですよ?!
絶叫系が好きな人とは、遊園地に行きたくないってだけでっ!
「ぎっ、ぎゃああああぁ!」
「えっ、これ、なに?! いやああああぁぁ」
――――レイチェル様の叫び声。レア!
一瞬、そんなことを思ったけれど、直後、訪れた浮遊感に、それどころではなくなってしまう。
その後も、怒涛の展開だったから、遊園地の件について、弁解できたのは、後日になるのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
後日、私の必死の言い訳を聞いたアレス殿下は、「じゃあ、王都にゆうえんちを作るから。出来上がったら一緒に行こうね?」と無邪気な笑顔を見せた。
きっと、絶叫系アトラクションが充実した遊園地になるに違いない。
そういうのより、夢があってお姫様気分になれる遊園地がいいなぁ。でも、すでに王子様の婚約者だったわ。
きっと、新しい娯楽は、王都で物凄く人気が出そうな気がする。
……もちろん、乗らないといけないのでしょうね?
私はガックリと肩を落とすのだった。
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