83 もう一つの竜の卵 4
「ここは……」
そこには、白い花がシュワシュワと舞い落ちては消える、大木が佇んでいた。
「キュウッ」
フェイの背中から飛び降りた、クロが大木の根元近くにあった樹洞に飛び込む。
どう見ても、ここは生まれる前のクロの卵があった、あの木が生えていた竜の棲家にそっくりだ。
「クロ?」
入り口の狭い樹洞を覗くと、クロが悲しげにその場所に擦り寄っていた。ここにあったのは、恐らく。
「レティ……どうしてここに、竜の卵がないの?」
だって、竜の魔力を受け継いだから分かる。ここには、つい最近まで、孵ることのない卵があった。
「盗まれたの」
「え……?」
「キュウウゥ……」
悲しげな鳴き声をあげながら、樹洞から這い出てくるとフェイに擦り寄る黒い体。卵は一つではないと、黒い竜は最後に言ったけれど、それが孵らない限り、クロは、この世界にたった一匹だ。
フェイは、ヒョイとその小さな体を咥えると、体に乗せた。
「……ルドルフは、全ての竜を恨むか?」
その言葉がフェイに投げかけられても、父は、しばらくの間、何もない樹洞を眺めていた。
「恨む気持ちがないと言ったら、嘘になる。だが、俺は既にリリーベルを殺した竜を倒した。そもそも、彼女は、竜を恨んだりしないだろう」
重々しく告げたあと、父は、初めてクロを抱き上げた。
「小さくて、軽いな……。お前も、家族に会いたいか?」
「キュウッ!」
「…………そうか。それなら、助け出さないとな。お前の家族」
「この場所は、高位魔術で秘匿されている。エルフ以外で辿り着けるのは、魔術の深淵に達した者だけだ」
「そうだろうな」
父とシーク先生が見つめ合い、うなずいた。
もし、盗んだのが人間なのだとすれば、魔術の深淵という言葉からは、一つの組織しか浮かばない。
「魔術師ギルド……?」
どうしてこの時期に、レイチェル様が、囚われたのか。それはもしかしたら、レイチェル様が、私たちに話そうとしていたことと、関係があるのではないだろうか。
「アレス殿下……。魔術師ギルドの最高責任者になれば、魔術に関する全ての秘密を知るのですよね?」
「ああ、だが、リベラが就任しても、一部の情報だけが巧妙に隠されているのだと……。そう、竜に関する情報もその一つで」
点と点が、繋がっていく。もしかすると、竜の卵を盗み出したのは、そして竜の力を手に入れようとしていたのは。
リベラ殿下につけられた、黒い傷跡。
第二王子の魔力を封じて、その体に傷をつけるなんて、到底許されるはずがないのに。
そこまでして、一体何をしようとしているのだろう。
「帰ろう、リベラを回収しないと」
「わっ、私も行くわよ!」
行きよりも、何故か一人同行者が増えた。
「えっ、歩けますよ」
「だめ、ルルが転んだら嫌だ。それに俺がこうしたい」
なぜか、アレス殿下に再び抱き上げられ、また来た道を引き返すのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
時は少し遡り、シュルツ侯爵家の地下牢にたどり着いたリベラは、乱暴な魔法で鉄の扉を溶かして破壊した。
「レイチェル……。待たせてすまない」
「こっ、来ないでください!」
「レイチェル? どうしたんだ。一緒に逃げよう。さあ、手を」
「ダメです、ダメなんです! こっちに来ないで! 一人で戻って下さい」
その瞬間、背後から一人の男が現れる。その気配は、リベラが先日、倒した生き物によく似ていた。
「よく引き留めた。レイチェル」
その後から続く人間は、全て王立騎士団の鎧を身につけていた。その数は多く、通常であれば、いくらリベラといえど、勝てるはずがない。
「いつのまに、王立騎士団の人間を入れ替えていた? 本当であれば、王太子殿下の近衛騎士が、駆けつけるはずだったと思うが?」
「っ……お兄様。どうしてこんなことを! 私はここにいますから、リベラ殿下につけた呪いの傷を早く治して下さい」
レイチェルが、血で薄汚れてしまったドレスを、気にすることもなく、リベラを庇うように割って入る。その右足を、引きずりながら。
その姿を見て、リベラがあからさまに眉をひそめた。そのまま、今度こそ守るように、リベラは、レイチェルを、背中へと庇う。
「……レイチェル、魔術の深淵に辿り着くためには、この男ではだめだ。魔術師ギルドの最高責任者、やっとこの手に掴むことが出来そうだったのに。ましてや、竜を倒してしまうなど」
「……ああ、なるほど。レイチェルに、嫌われたのかと思って焦った。そうかぁ……。ダメだよ、レイチェル? 敵の傷を治すなんて、もし俺が同じ立場でも、絶対しない」
レイチェルの周囲だけ、まるで檻みたいな高密度の魔力に覆われていく。
「足、怪我してる。守りきれなくてごめん」
「リベラ殿下、そんなことより、逃げて下さい」
「そんなことより? レイチェルが傷つけられたのに、そんなこと? ああ、ごめん。確かに、この傷は思いのほか深くて、手加減できそうもない。だから、これ以上怪我なんてしないように……そこにいて? レイチェル」
リベラの体に、色とりどりの魔力が纏わりついていく。世界中の精霊から、力を奪いながら、その魔力が高まり、紫色の光になっていく。
「リベラ殿下!」
急激に起こった、人為的な魔力暴走により、周囲が光に飲み込まれていく。
ほんの一時、世界から精霊の魔力が消えていった。
たった二匹を除いて。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「リベラ殿下っ?!」
温かい感触の中、微睡んでいたらしい私は、思わず体を起こした。
「……この状況下で、眠れるのも大物だけれど、まさか他の男の名前を呼びながら起きるとか」
私の体を、ぎゅうと抱きしめる力が、息ができないほど強い。
「……リベラの夢を見た?」
「……はい」
あの後、リベラ殿下とレイチェル様は、どうなったのだろう。それに、あの王立騎士団の騎士たちには、見覚えがあった。
「……悪役令嬢ルルーシアと、第一王子アレスの命を奪った」
いつのまに、王立騎士団の騎士たちは、入れ替わっていた。それは、まるで私たちの最後を、リベラ殿下とレイチェル様に擬えているみたいだった。
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