82 もう一つの竜の卵 3
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「さて、そろそろか」
私を抱き上げたままの、アレス殿下が呟く。
抱きしめる力が、私を守るように強くなる。
「アレス殿下……?」
「ひっ、何これ?!」
斜め後ろから、レティの怯えるような声が聞こえる。
その瞬間、世界中の空気が、水が、火が、土が揺らいだ。物質的な揺れではないから、魔力の強いものにしかわからないだろう、その揺れが、世界を飲み込んでいく。
「うそっ、精霊たちが、いなくなった?!」
生きる者の気配がない、神聖な森の中、唯一溢れていた精霊の気配が消えていく。
そして、私とアレス殿下をつなぐ、魔法の鎖が、ガチャガチャと壊れてしまいそうなほど、音を立てて揺れる。
こんなの、ひとたまりもない。
抱きしめるアレス殿下が、私のことを守ってくれているから無事なだけだ。
精霊に関する全ての魔法が、その力に応じて揺らぐ。光と闇の鎖は、見たことがないほど強い魔法だ。
だからこそ、その揺らぎは、あまりに大きくて。
「ルルも、ちゃんと俺たちの鎖を維持して? なくなったら、何が起こるか保証できない」
「っ…………はい」
まさか、私のことを抱き上げてきたのは、この状態を予測して?
甘い幻想に動揺していたこと、そしてあまりの危機管理のなさに嫌気がさすけれど、今は。
「無茶をするな……。早めに終わらせて迎えに行かないといけないようだ」
「あの、この現象を起こしているのは、まさか」
「ルルの予想は、合っているだろう。この世界に、光と闇以外の属性を全て持っている人間なんて、一人しかいないから」
多くの属性を持つ、エルフに比べて、人族は魔力を持っていることすら稀だ。
その中で、今世、唯一四属性を全て持つのは、メインヒーローであるあの人しかいない。
しばらく続いた振動が消えると、何事もなかったかのように精霊たちの気配が戻ってくる。
「あの……。フェイは無事?」
ようやく顔を上げて、フェイの方を向けば、「は? 当たり前だ。属性も違うし、高位精霊を馬鹿にしてるのか?」と、意外にも余裕があった。
周りにいた精霊たちは、根こそぎ力を奪われていたのに。
「ま、ルルーシアやアレスに、同じことされたらヤバいかもしれないが。……いや、失言だ。そんなに睨むなアレス」
リベラ殿下が、何かしたのは間違いない。
それは、もちろんレイチェル様を助けるための行動だろう。
そして私は、この現象を知っている。
「カトルが起こした魔力の暴走に似ていた」
「まあ、制御できているかの有無だけで、似たような現象だろう。なあ、アレス」
「……そうだな」
否定しないってことは、リベラ殿下の無事が気になる。
「アレス殿下……」
「俺たちは、俺たちのできることをしよう」
「それは分かりましたが、そろそろ降ろして」
アレス殿下が、私を守るために抱き上げるなんて、周りの空気を読まない行動に出ていたことは分かった。
だからもう、降ろしてくれても良いと思う。
「え……どうして?」
再び、あざといくらいに、アレス殿下が小首を傾げた。いかにも、私がおかしなことを言っているかのように。
「ほら! 着いたわよ」
結局、最後までアレス殿下が、私のことを下ろしてくれることはないまま、目的地に着いた。
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