81 もう一つの竜の卵 2
不思議な魔力に溢れる森は、どこか竜の棲家と似ていた。奥に行くほど、森は深くなり、生き物の気配がなくなっていく。
たぶん、この奥は、大事なものを守るための空間だ。
それにしても、気になるのは、レイチェル様とリベラ殿下のことだ。
物語の展開に、近づくために弓矢対決を申し出たら、エルフと師弟関係になったのは、理解に苦しむけれど、それよりも。
「…………また」
――――他の人たちを、巻き込んだ。
アレス殿下と、幸せに暮らせればそれで良いのに、なぜこんなにも周囲を巻き込んでしまうのだろう。
小説の中には、リベラ殿下が、あんな傷を負う展開なんてなかった。だから、これは私が運命に抗った結果、起こったことなのだ。
あの、黒い傷跡を思い起こして、歩いていたら、窪みに気が付かずに、バランスを崩しかける。
それなのに、転ぶこともなく、ふわりと私の体は宙に浮かんだ。
「……アレス殿下」
「ルルは、本当に危なっかしい」
「あの、ありがとうございました」
「……ちゃんと掴まって」
なぜか、抱き抱えられたまま、降ろしてもらえない。そのまま、アレス殿下は、人を一人抱えてるなんて思えないほど、軽やかな足取りで森の中を歩いていく。
「また、余計なことを考えている。リベラとシュルツ侯爵令嬢のこと?」
「……なんで、分かったんですか」
「分かるよ。ずっと、ずっと、ルルのことばかり、見てきたから。ほら、歩きにくいから、掴まらないと」
「あぅ」
さらっと、何言っているんですか!
それに、歩きにくいなら降ろしてください。
そう思うのに、全く降ろしてくれる気がないアレス殿下。仕方がないので、しがみつく。
「……リベラは、大丈夫だ。負けるはずがない」
「だって、あの傷」
あの禍々しい黒い傷跡。
どう考えたって、普通の傷じゃない。
「……リベラが、一人でなんとかできなくても、俺がいる。リベラは、大事な弟なんだから、兄として助けるよ」
……本当に、頼りになると同時に、不安で不安で仕方なくなる。
きっと、アレス殿下なら何とかしてくれると、頼ってしまう自分が、嫌だ。
頼ってしまうくせに、色々なものとアレス殿下を天秤にかけたら、今の私は、アレス殿下のこと、どんなに迷ったとしても選ぶに違いない。
たくさんの人を巻き込んでしまっても。
そんな自分が怖い。嫌いだ。
「……ルル、大丈夫だ。もちろん、ルルが最優先なのだとしても、今の俺を作ってくれた大切な人たちを切り捨てたりは、しないから」
「アレス殿下?」
確かに、悪役令嬢ルルーシアを救うために、第一王子アレスは、多くのものを切り捨てた。
今の私は、そのことを知っている。
そして、アレス殿下が、あの時とは違うことも。
「そんな顔させないために、ルルの大事な人達ごと、守るから」
「アレス殿下にばかり、負担をかけてます」
「ルルが、俺のこと選んでくれたから、それでお釣りが来る」
何を言っているのだろう。
私が、アレス殿下を選んだ結果、大変なことになっているのに。
それでも、しがみつく力を強くする。
離れたくなくて。確かに、ここにいることを、確かめたくて。
「……それで、私は、この胸焼けしそうな茶番をいつまで見ていれば良いのかしら」
諦めを漂わせる声色。
アレス殿下の肩口から、顔を上げると、レティと目が合う。
ああ、森と同じ色の瞳が、本当に綺麗。
「っ……アレス殿下! 降ろして下さい!」
「え、どうして?」
何故そこで、いかにも私の方がおかしいみたいに、小首を傾げて聞き返してくるんですか?
「…………もう、いいわ。あと少しで、着くのだし、勝手にしてっ」
「まあ、アレスとルルーシアは、いつもあんな感じだ。気にしたら負けだ」
相変わらずクロを背中に乗せたフェイ。
認識阻害魔法が見せているのは、仲の良い親犬と子犬に違いない。
「ひっ?! 犬が喋った!」
「…………俺は、犬じゃない」
今までダンマリだった、フェイがレティに話しかける。たぶん、居た堪れないのは、アレス殿下以外、この場の全員だ。
「ルルが、嫌ならやめるけど」
それなのに、私は目的地に着くまで、とうとう嫌だとは、口に出来なかった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




