79 森の奥の少女と悪役令嬢 2
「……申し訳なかったわ。人間の女」
上から目線なのは、仕方がない。レティシルディアは、エルフだ。エルフは、人より高位の種族であるという認識が強い。
だから仕方ないんですって、お父様、アレス殿下! シーク先生が、特別なんですよ!
だが、怒りが含まれた声は、その二人からではなかった。
「レティシルディア。人とエルフ、どちらが優れているかなど、個人の努力や資質でしかないと、私は教えてきたはずだ。私の優秀な教え子である、ルルーシア・フリーディルを意味もなく下に見ることは、許さない」
「っ…………師匠」
レティシルディアは、半泣きだ。
この後の展開も、予想できる。
同じような展開になった結果、アイリとレティシルディアは、魔法対決をするのだ。
「ルッ、ルルーシア! 悪かったわ! でも、私やっぱりあなたが、偉大なる我が師匠の弟子だなんて認めたくない。勝負よ!」
「えっ、お断りしたいです」
シーク先生の教え子なのは事実なので、レティシルディアに認めてもらえなくても、特に問題ない。
「っ……何ですって?!」
あ、レティシルディアが、本気で泣きそうだ。
プライドを傷つけてしまったのだろうか。
そういえば、彼女にある場所に案内してもらわないと、話が進まないのではなかっただろうか。
「……あ、では弓対決で」
私は、アレス殿下のそばでは、フェイに全部魔力を預けてしまっているので、ほとんど魔法が使えない。
そうであれば、魔法対決ではなく他の方法が良いだろう。
剣はね……。多分私の圧勝だ。
辞退するか、密かに悩んでいるけれど、一応S級冒険者の審査も通ったのだ。
ならば、私も相手も得意な弓対決がいいだろう。フェイの化身の剣に、魔力を預かってもらうまでは、闇の魔法で作った矢で、戦ってきた。弓矢は得意中の得意だ。
安易に考えた私の提案。その割に、周囲の動揺が予想以上なのだけれど……。
「ルルーシア、本気か?!」
「えっ、そこまでプライドが傷ついたの? 確かにルルーシアなら負けないと思うけど」
呆然とした様子の、父とアレス殿下。
え? プライド?
「フリーディル……?! うちの弟子がすまない。まさかそこまで気分を害したか」
土下座せんばかりの、シーク先生。
えっ、なぜか状況が悪化しているように、見えますが、気のせいですか?
「ああ、文化のすれ違いとは、恐ろしいな。絶対、意味わかってないだろう。ルルーシア」
ため息混じりの、フェイの言葉。
「あのっ、どういう意味」
「くっ、まさか人間から、弓矢対決を持ちかけられるなんて。そこまで、師匠を慕っているのね?! いいわ、その心意気、気に入ったわ。その勝負受けて立つ!」
……どうも、この状況を理解できていないのは、私だけのようだ。
えっ、エルフの常識って、何かあった?
誰かに質問しようとしたのに、レティシルディアは、私の手を強引に掴むと、どんどん奥へと進んでいく。
仕方なくついていくと、急に森が開けて、広大な空間が現れた。そこには、いくつもの的が設置されている。
「わぁ、すごい!」
「全身全霊を賭けるわ。完敗しても泣くんじゃないわよ」
「あっ、弓を貸してもらえますか?」
そういえば、今回は弓は持っていない。
「えぇ、自分の弓もないくせに、神聖な勝負を申し出たの? えーと、私の予備でよければ、貸してあげてもいいけど……」
貸してもらった弓は、とても良いものだった。不思議なことに、ところどころ桃色の花が咲いては散っている。
まさか、生きているのだろうか?
「矢は……」
「あ、矢は魔法で作れるので平気です。試し打ちしても、良いですか?」
「もちろん構わないわ」
一番遠い的を狙う。ストンッと的の、ほぼ真ん中に矢が刺さる。
「もう少し、右……か」
ストンッ、ストンッと徐々に軌道が修正される。
「これくらいで、良いかな」
「…………なかなかやるじゃない」
あれ? すでに認められかけている? いや、まさかね。
そして、交互に矢を射って、先に外したのは、レティシルディアだった。
もう、刺さるところがないほど、的に矢が沢山刺さっていたから、当たらなくなるのは時間の問題だっただろうけれど。
「…………まさか、人間に負けるなんて。負けを認めるわ。今日から、ルルーシア様は、シークテイルダイアンタス様とともに、私の師です。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」
私の前に、両膝でひざまずき、祈るようにレティシルディアが私の両手を握る。ほんわりと、私たちの手に桃色の魔法陣が浮かんで消えた。
「あーあ……。知らなくても、誰かを巻き込む才能は、天性のものだな。ルルーシア」
状況が全く掴めない私、ため息混じりのフェイ。
「へ? 師って、何のこと?」
「弓矢での勝負は、負けた方は永遠に相手を師と仰ぐ神聖な儀式だから」
当たり前の様に告げられた言葉で、ようやく私も弓矢勝負の意味を理解する。やはり、知らなかったのは私だけだったようだ。
えっ、エルフの生態って、謎に包まれているのですよね? シーク先生は、ともかく、父とアレス殿下は、なぜ知っているのですか?
「あー、なるほど。フリーディルなら、そんな勝負を持ちかけてもおかしくないと思ってしまった。そうか、知らなかったのか」
――――シーク先生、微妙に失礼ですっ!
「あー、ルルは時々、譲れない矜持みたいなのがあるから、今回もそれかと思った」
――――アレス殿下も、私がそんなことにこだわっている時は、止めてください!
「えっ、えっ?! 知らなかったの?」
やっと、レティシルディアも理解が追いついたみたいだ。
「えーと、師弟とかなしに、ただの勝負だったってことで」
「それは無理だぞ。エルフの森の中で、エルフと弓矢の勝負をした。そして勝ったならば、それは人間であろうと、そのエルフの師だ。他のエルフにも、受け入れられるだろう」
「えぇ〜、なんだか大ごとでは」
「なんだか毒気を抜かれたわ。エルフとか人間とか、こだわっていた自分が馬鹿みたいじゃない。……とりあえず、村を案内するわ」
もう一度、レティシルディアが、私と手を繋いだ。たぶん、レティシルディアは、いい子なのだろう。
「あのっ、様付けはやめてくれる? あと、名前が長いから、レティって呼んでいい?」
「えっ? いっ、良いけど?!」
なぜか、レティのエルフ耳が赤く染まる。なんだか、とても可愛い。
「あー、また何も知らないくせに、相手の懐に潜り込んだな」
フェイの呟きは、風に流されて消えていく。
✳︎ ✳︎ ✳︎
後日、エルフの名前を縮めて呼んで良いのは、家族と、命を預け合うほど信頼した相手だけなのだと聞いた。
全く、知らなかった。よく許してくれたよね、レティ……。
「えぇ、ということは、シーク先生って、私たちのことそこまで信頼していたのですか?」
「生徒だからな、命をかけても守るのは、当たり前だ」
その日、私は思わずシーク先生推しになりかけた。ふと、横を見たらアレス殿下の瞳が、光を失いかけていた気がしたので、その願望は振り払っておいた。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




