78 森の奥の少女と悪役令嬢 1
✳︎ ✳︎ ✳︎
夜の王立学園、私たちは、シーク先生の研究室にいた。
「あの、いつの間にこんなに、草木生い茂ったのです? この部屋……」
「久しぶりだな、ルルーシア。最近叱ることがないから、呼び出すこともなく寂しかったよ」
こんな時に、そんな冗談を言うなんて。
プクッとほっぺが膨らんでしまったのは、仕方ないと思う。
それにしても、シーク先生の研究室は、蔵書は多くても普通の机と椅子のある部屋だった。しかし、その奥の扉を抜けると、そこは深い森の中だった。
なぜか、まだその場所は夜になっていない。
とても遠い場所は、同じ時間に日が暮れないのだと聞いたことがある。
エルフの国は、王国から遥か遠くにあるという噂は、本当のようだ。
「空間と空間を、繋げる。恐ろしいほど、高位の魔法ですね」
「ああ、アレスの転移魔法からヒントを得た」
天才同士の会話に、ついて行けそうもない。
原理などは、多分私が聞いても、分かるはずがない。
「……エルフ達が、住むという森、ですか」
今のシーク先生は、お得意の認識阻害魔法を解いて、元の長い耳を露わにしている。
「そうだ。まあ、そのさらに奥の奥だから、多分誰とも会わない」
けれど、密かに私は、誰かと会うのではないかという気がしていた。
それは、物語の登場人物。美しき森の中で暮らす少女。
――――ほらぁ……。でも、どうして、ヒロインでもない私をターゲットにしているの。
案の定、私の方に、弓矢が向けられている。
学園長に、父に、アレス殿下、シーク先生まで沢山いるのに、何故か私にだけ向いている。
この展開、知っている。
本当に、勘弁してほしい……。
その時、黒い塊が私の横をすり抜けて、弾丸みたいに飛び出していった。
「キュウウゥ!」
「きゃ、きゃあっ!」
矢をこちらに向けている人物の方を振り返るのと、クロが突撃してその人物を木から落としたのは、ほぼ同時だった。
「はぁ、すまない」
シーク先生が、パチンッと指を鳴らすと、風が巻き起こる。短いスカートの裾を、必死に押さえながら、シーク先生の魔法で落下スピードを遅くした、その人物が着地する。
「レティシルディア、私の客人に無礼なことをするなら、いくら君と言えど許さない」
「うっ、申し訳ありません! だって、その人間の女が師匠に、馴れ馴れしく」
刹那に振られた剣は、誰にも見えなかった。次の瞬間、二本の剣が、レティシルディアと呼ばれた少女の首元に当てられていた。
あんなの、誰も避けられないのでは?
「あの、アレス殿下、お父様、そこまでするほどのことでは」
不機嫌な表情のまま、チラリと私を見やって、同時にため息をついた父とアレス殿下が、剣を鞘に納める。そういうところ、気が合いますよね。
そもそも、弓矢は、確かにこちらに向いていたけれど、殺気はなかった。
ウェーブのかかった、肩までの淡い金色の髪、深い緑の瞳。尖った耳。短いスカートと膝上までのブーツ。
エルフの少女、レティシルディアは、小説の中にも登場する。
残念ながら、彼女と出会うはずの、アイリとリベラ殿下は、ここにいないのだけれど……。
シーク先生が、ハイエルフだということが、発覚するのは、彼女との出会いからだ。彼女の案内を受けて、森の奥でアイリとリベラ殿下が見たのは。
……何だったかしら?
悪役令嬢ルルーシアの断罪と、第一王子アレスの死。
それ以降の、小説の記憶は、一部の登場人物と、災厄が起こること、アイシラとリベラ殿下が活躍してハッピーエンドくらいの、ふわっとした記憶しかない。
――――災厄の解決策、それが、大事なのに。毎回、いざという時には、役に立たない記憶ね。
レティシルディアから、私を隠すように立つ父とアレス殿下の陰で、私は密かに、肩を落とした。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




