73 あなたの隣、その場所が欲しい。
遠目にリベラ殿下とレイチェル様の姿を見ながら、ふと隣のアレス殿下に目を向ける。
微笑んだ表情は、慈愛に満ちているようにも、冷酷に何かを分析しているように見える。
――――私は本当に愚かだ。
優しげに、誰にも隙を見せたりしないで。
今日この日まで、戦わせてしまった。
――――あなたを一人で。
思わず、エスコートしてくれている、その腕に掴まる力が強まってしまう。
ピクリと、アレス殿下の腕が動く。
揺れ動く感情の機微、研ぎ澄まされた感覚は、簡単にそれを拾ってしまったようだ。
「ルル?」
その瞬間、じゅわりと染み出すように、優しげな光が、アレス殿下の瞳に灯る。
私は、アレス殿下の優しさも、社交界の風が、冒険なんかよりもある意味ずっと冷たいことを知っていたのに。
悪役令嬢ルルーシアは、それでも社交界の風からアレス殿下を守りたいと、戦っていた。
冒険をしながら、アレス殿下を守ろうとしてきたけれど、きっと私は、今までこの場所に一人立つアレス殿下から、目を背けてきたのだ。
たとえ、王太子にならなくたって、会えない時間、アレス殿下は、第一王子としての務めを果たすために、一人で立っていたから。
「……そういえば、疲れたな」
「えっ?」
「そろそろ、退場していく人間が多い。陛下もお帰りになったから、もう今日は帰っても構わないだろう。……疲れたから、帰ろうか」
アレス殿下が疲れているようには見えない。
だから、気を使わせてしまった。
様子のおかしい私を、案じてくれたに違いない。
それでも、リベラ殿下とレイチェル様が退場する姿を見れば、アレス殿下が言うことは、事実でもあるのだろう。
「そうですね……。帰りましょうか」
その、王族としての仮面をずらして、私に微笑むアレス殿下。それなのに、私は上手く仮面を外すことができずに、第一王子の婚約者として望ましい表情のまま微笑んだ。
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エスコートの手を、離すこともなく、ホールから退場する。そのまま、王族が過ごすエリアまで黙ったまま歩く。
誰もいないその場所に着いた途端、その腕は離され、ヒンヤリとした空気を急に感じて、私はふるりと体を揺らした。
「ルル! ちょっと来て」
「え?」
離された腕が、もう一度伸ばされて、私たちは手を繋いでいた。
まるで、出会ったばかりのあの頃みたいに、アレス殿下に手を引かれ、足早に私たちは歩いていく。
開かれ、そして締められた扉。ガチャリと鍵が、掛けられた。
「…………あの、二人っきりですよ?」
アレス殿下は、どんなに私に笑いかけていても、そばに居ても、最近は、こんな風に二人きりになるのを避けていたように思う。
「ルル……。笑って?」
「えっ、なんですか急に」
唇にアレス殿下の親指が触れる。
ゴツゴツした、大きな手。いつのまにか、その手すら、大人の男性になってしまった。
するりと、横に滑るその指先。
唇に熱が灯るみたいに。
「……ルル、無理にこの場所に来なくて良い」
「アレス殿下? どうしたんですか」
一緒にこの場所に立つことを、先ほど決意したばかりなのに。
「俺は、ルルの笑顔を奪いたくない。全部あげたいと思っても、俺があげられるものは、たぶんルルが欲しいものではないから」
アレス殿下といることで、富も名声も、この王国の全てすら手に入るのかもしれない。
でも、その場所は、あまりに不自由だ。
「ありますよ」
「……ルル」
「あなたの隣、その場所が欲しいです」
今度は私が、アレス殿下の手を引いて、ソファーに隣り合って座った。
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