74 入学試験と第一王子。
ソファーで隣り合って座れば、自然とお互いの指は、絡まるみたいに握られる。
「…………ルルは、いつも俺に自由をくれるから」
アレス殿下は、俯いたまま、そんなことを言った。
「え? 私が、アレス殿下を自由にしたことなんて」
アレス殿下の自由を奪って、私の運命に巻き込んでしまっているの間違いでは?
私がコテンッと首を傾げるのを見て、何かを思い出したみたいに、アレス殿下は目を細めた。
「ルルは、入学試験の日、覚えてる?」
「えっ、忘れられるはずもないです。あのっ、黒歴史すぎて……」
「黒歴史? 俺にとっては、真逆なのに。少しだけ、思い出話でもしようか」
アレス殿下は、出会った頃のように、にっこりと私に笑いかけ、あの時の話を楽しそうに語り出す。
あの日の出来事は、思い出すだけで顔から火が出そうなのに、アレス殿下の目線なら、その思い出はとても輝いて聞こえてきた。
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入学試験は、最後の問題以外は、すでに見知った内容だった。最後の、転移魔法に関する問題だけは、現在の研究段階では、不可能だと結論が出ていると、記載した。
おそらく、求められる答えは、これで合っているだろう。
第一王子として求められることを、毎日こなしている俺にとっては、つまらないくらい簡単な試験だった。
そう、入学試験のあの日、あの瞬間まで、輝くこともなく、ただ、求められる責任に応えることだけが、世界の全てだった。
「は…………?」
無様に負けることだけはできないという気持ちと、誰にも負けるはずがないという傲慢。そんな思いは、試験会場に足を踏み入れ、対戦表を確認した瞬間に、霧散した。
「初戦の相手は、ルルーシア・フリーディル?」
なぜか、実技試験の第一回戦、その相手に、婚約者の名前が上がっていた。
貴族令嬢は、免除される実技試験に、当たり前のように名前が載っているのを見て、何かの間違いだと思った。
――――ルルーシア・フリーディルは、とても美しく、可愛らしく、婚約者になって初めて会った時から、絶対に守ろうと決めていた。
けれど、彼女が剣術を嗜むなんて、聞いたこともない。いくら、S級冒険者の娘だからって、あの柔らかい手が、剣を掴むイメージが、これっぽっちも湧かない。
それなのに、ルルーシアは、実技試験会場に、一足早く、当たり前のように立っていた。
「ルルーシア? 何で実技試験受けてるの?」
そう尋ねる以外の言葉が出ない。それなのに、意味がわからないとばかりに、ルルーシアが、首をかしげる。
――――なぜ、ルルーシアまで、不思議そうにしているんだろうか?
こんな風に、自分の考えも及ばないことが、現実に起こるなんて……?
それでも、引くつもりがないらしい、ルルーシアは、徐に手を組んで祈りを捧げ始める。
怪我をさせないように、気をつけなければ。そんなことを思った俺は、その後の展開を想像すら出来ていなかった。
ん? そういえば、剣も持たずにどうやって戦うつもりなのだろうか。
試合開始の合図の後も、動くことができない俺の目の前で、信じられないことに、黒い剣がルルーシアの手の中に現れる。
「ひっ……きゃああああ?!」
「えっ?!」
まるで、剣に操られるように。
今思えば、実際に操られていたのだとわかるけれど、その時はその剣筋を捌くのに必死だった。
王国騎士団直伝の剣。自信は粉々に砕かれる。どんどん、動きが滑らかになるルルーシアは、「楽しくなってきたぁああ!」と、目をキラキラさせる。
いつのまにか、本気になって、光魔法を使いかけたのに、なぜか魔法は発動しない。
最終的に、剣を弾かれたのは、俺の方だった。守ろうとした相手に負けるなんて、悔しくて。
それでも、なぜか生まれて初めてというくらい、楽しい気持ちが捨てきれず、「参りました」という言葉が、自然と口についた。
頬を赤く染めて、息を切らして、キョトンとこちらを見たルルーシア。
その姿を見た途端に、自分が頑なに信じていた何かが、ピキッとひび割れてしまう音がした。
そして、なぜか、ふらりと俺の腕の中に倒れ込んできたルルーシア。
「ルルーシア?!」
何が起こったか分からず、必死に腕の中に閉じ込めたルルーシアは、温かくて、スヤスヤと寝息を立てていることにホッと安堵の息を吐く。
凍りついていた心の奥底で、理由すら分からないのに、泣きたいほど、この瞬間を待ち侘びていたと知る。
「……やっと、取り戻した」
なんで、そんなことを言ったのかは、分からなかった。それでも、その日から、急に俺を取り巻く世界は、キラキラと輝き出した。
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