65 それは、あなたの隣だから。
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「う……」
窓から差し込む光は、ずいぶん高くなっているみたいだ。
その光が降り注ぐ窓際で、本を読んでいた人が、パタンと音を立ててページを閉じると、こちらに向かってくる。
「起きた? 今回は、ずいぶん寝坊だね」
「アレス殿下……」
光の中で、髪の毛が透き通る金色に輝いている。なんて綺麗なんだろうと、まだ寝起きの頭で考える。
それにしても、光の魔力を抑えてなお、なんて規格外の魔力。
冒険者を続けて来た私は、魔力の質や量を察することができるようになっている。
「あの、体は大丈夫ですか?」
「それは目が覚めたばかりのルルに、俺が言いたい台詞だよ。……大丈夫?」
案ずるように、私の頬に手が触れられる。
その手がいつもよりも、ずっと冷たい気がして、思わずピクリと震える。
ここで、やっぱり何かおかしくないかと聞いてみても、上手くはぐらかされるに違いない。
「大丈夫です。無事かどうか、確かめますか?」
「そう、だね……。触れさせて」
そっと抱きしめられて、背中を撫でられる。
「怖かった」
「え?」
「ルルが、もう一方の竜がいる場所に行ったと気がついた時、一瞬また、あの魔法を使うことを想像したんだ」
あの魔法といえば、今も私にまとわりつく、魔法の鎖のことだろう。
「記憶を失ったとしても、何度でも好きになる。でも、今のルルは、もうどこにもいないかもしれない」
「そう、ですね。私も怖かったです。……アレス殿下が、私のことを置いて行ってしまうから」
「ごめん、それでも俺はルルを守りたい。だから、そばにいて。結婚して、ルルーシア」
黙って頷いた私に、そっと青いサファイアの指輪が捧げられた。
「えっ、指輪?! どうして」
この世界では、結婚の申し込みの時に指輪を捧げたりしない。たくさんの贈り物を捧げて、その中に指輪があったとしても、特別な意味を持つわけではない。
「愛してる」
それなのに、なぜかアレス殿下は、私の左手の薬指に、その指輪をそっとはめた。
「ほら、ルルも俺の指にはめてくれるかな?」
「はっ、はい」
お揃いの指輪は、アレス殿下の分には紫の石が嵌められている。
金の髪と青い瞳。紫の髪と金に近い瞳。まるで、私達みたいな色合いのお揃いの指輪だ。
「……総ギルド長は、ルルと同じ世界から来たって聞いたから、結婚の申し込み方法を教えてもらったんだ」
「っ……アレス殿下」
感動のあまり、号泣する私を、どこか嬉しそうに見つめるアレス殿下。
「……まだ、何も終わってない。それでも、ルルと一緒にいる未来だけは、手放せない」
「そういえば、S級冒険者になったんですよね? 私達……」
その瞬間、アレス殿下が困ったように笑ったから、私は緊張に体全体が強張るのを感じた。
「ごめんね、約束守れなかった。俺と、ルドルフ殿は、冒険者を続けることが出来ない」
「えっ……?! どうして」
「カトルとルルーシアは、S級の申請が通ったよ。アイシラは、冒険者ではなく、やはり聖女を目指すと言って辞退したけど」
「理由を……」
そっと触れた指先は、やっぱり気のせいなんかじゃなく冷たい。
「その前に、キスして良い?」
頷く以外の選択肢がない私に、柔らかい唇が、啄むように何度も触れる。最後に、長く口付けて、息が切れた私は、ようやく解放される。
「竜二匹を倒したせいで、受け入れた力に体がついてこないんだ。たぶん、戦い続けるのは、もう無理だから」
つまり、戦うことに体が耐えられないってこと?
「……竜の力を得たリベラは、魔術師ギルドの最高責任者に就任した。王位継承権放棄、先を越されてしまったよ」
「へえぇ……っ?! えっ、アレス殿下」
「今すぐでなくて良い。S級冒険者として生きていくか、俺の隣で王太子妃になるか、決めて。どちらにしても、俺にはルルーシアしか、いないけれど」
「王太子妃、なります」
シーンと、耳が痛くなるほどの静寂が、私達を包み込む。
――――あれ? 何かおかしな返事をしたかしら? あ、望んでいた答えと、違ったかしら。
「えっ、あのっ?! 即答?! え、都合のいい夢の続きかな」
「アレス殿下の隣にいたいです。なんでもするから。……私では、役に立てませんか?」
まあ、確かに戦う力では一流になっても、貴族令嬢としての私は……。
「なんでもするなんて言わないで。ルルーシアの全てが、今すぐ欲しくなる。……外堀埋めてとか、説得どうしようかとか、悩んでいたのに。そんなふうに、即答されるなんて」
「……あの」
「うれしい」
抱きしめられたまま、冒険者が好きだったのは、結局アレス殿下がそばにいてくれるからだったのだと、認めるしかなかった。
王太子妃としての重圧なんて、悪役令嬢ルルーシアとして過ごして来た時から、完全に理解している。
それでも、その場所に立つことを決めるのは、それがあなたの隣だからで。
結局のところ、近い未来にS級冒険者になるのは、物語の通り、カトルだけらしい。
「S級にならなくても、ルルは俺が守るから」
そんなこと、聞くまでもなく私は知っている。
災厄の日は、私の十八歳の年に起こるという。
それでも、なんとかなるような気がした。
私の周りの人たち、そしてアレス殿下がいてくれる限り。
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