62 それでも今は、戦える。
改めて、不思議な木と、その花を眺める。シュワシュワと、音がする中、ヒラリヒラリと舞い散る花弁。少しだけ、桜の花が散っていく姿にも似ている。
「ねぇ、フェイはこの木を見たことある?」
「ああ……昔はどこにでも沢山、生えていた」
フェイの言う昔って、神話の時代?
「彼女は、この花が好きだった」
彼女って、セレスのこと?
そう聞こうと思ったけれど、懐かしく幸せな日々を思い出すかのような視線に、その言葉を飲み込む。
「あの時に、一緒に消えてしまっても、良かったのだろう。最後の瞬間に、二人で一緒にいられるのなら、それは幸せな結末だったのかもしれない」
ポツリと紡がれた言葉。それはきっと、神話には語られない、二人の物語なのだろう。
悪役令嬢ルルーシアと第一王子アレスの物語が、小説では語られなかったように。
「それでも、あと少しだけ抗おうと思えたのは、ルルーシアのおかげだな」
「私の?」
「ああ、お前が辿り着く幸せな結末。それを見てみたいと思ってしまった」
アレス殿下の笑顔が浮かぶ。
幸せな結末なんて、今は想像も出来ない。
「結末なんて考えるより、あの笑顔の隣で笑っていたい」
「なるほど。それなら、勝って生き残る以外に、方法はないだろう。…………来たか」
一条の光が、降り注ぐ。
後ろに下がった私の目の前に、深淵がぽっかりと穴を開けて、その光を飲み込む。
「……契約者さえいれば、お前などに遅れは取らない」
目の前に現れたのは、息を呑むのも忘れるくらい、美しい白銀の竜。
「因果律に背き続ける愚かな精霊よ。周囲を巻き込んで、また同じことを繰り返す気か?」
「同じには、ならない」
その瞬間、真横から、立っていられないほどの圧を感じる。
「……冷静になれよ、ルドルフ」
「……自分でも驚くほど、冷静だ。フェイこそ、冷静になれよ?」
「この場面で、初めて名を呼ぶとかやめろ」
「はははっ…………リリーベルの仇。フェイには感謝している。人では辿り着けないこの場所に、俺を連れて来てくれたこと」
そう、さっきの光は、きっと母の命を奪ったものと同じだから。目の前の、白銀の竜は、母の仇だから。
体重さえないのかと思うように、軽く跳躍した父に、私も続く。まるで、空気の抵抗すらないみたいに、音もなく鈍色の剣が振り下ろされる。
「見事だ」
白銀の体は、切り裂かれることなく、その芸術的な動きをした剣を弾く。
「炎の調……紫炎」
その直後、紫の炎が、竜を足元から包み込む。
「くっ、この炎はっ」
紫色の炎は、幻想的で、小説を読んで想像したものよりもずっと神々しかった。
私を守るように、前に進み出たリベラ殿下。
私のことを案ずるように振り返ったその瞳は、紫の炎と同じ色に輝いている。
「うわぁ……カッコいい」
さすがメインヒーロー。思わず、思考を飛び越えて声が出てしまった。
「光栄です。では、背後で守られて頂けますか? 姫君……」
リベラ殿下は、カッコいい。もちろん、アレス殿下と、父の次ですけど。
「でも、お断りしますっ!」
悪役令嬢ルルーシアなら、守られただろうか。
うん、力はないくせに、アレス殿下の王位継承の足枷になることを恐れて、あの頃でも断ったかもしれない。
それでも、今は戦える。
母が、出会った日に父に渡したと言う剣。
そして、一匹の竜の血を吸い、その魔力を浴びたそれを、私は構えた。
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