56 ある冒険者と悪役令嬢の母 2
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行動は、早いに限る。
レイド殿から、打診を受けた翌日、俺はフリーディル伯爵家を訪れた。
――――約束もなく押しかけた。これで、追い返されたなら、断る口実にもなる。
そんな算段をしていたことは、否めない。
案の定、門番に「約束がないのに、当主様に会えるはずがない」と追い返された。
「ま、そうだろうな。さて、帰るか」
一応、レイド殿から頼まれ、動いたのだから文句を言われることはないだろう。しかし、引き返そうとしたその時、その声に、なぜか時間が止まってしまうような錯覚を受ける。
「ルドルフ様!」
「…………え?」
「お待ち下さい! A級冒険者のルドルフ様でいらっしゃいますよね? 門番の対応は全て、私の責任です。けれど、お許しいただけるなら、話だけでも聞いて頂けませんか?」
飾り気のない淡い水色のドレスを身にまとった女性。その人は、想像よりもずっと若くて、とても伯爵家を一人で切り盛りしているようには見えなかった。
それでも、俺の前で見せた、あまりにも優雅な礼は、確かにその品格を表していた。
まさか、本人が追いかけてくるなんて思ってもいなかった俺は、しばし呆然とその美しい女神を見つめる。
「お願いいたします。領民が苦しんでいるのに、私には、ルドルフ様にお願いをするくらいしか……」
「分かった。依頼を受ける」
「えっ?」
キョトンと、こちらを見つめる闇夜のような紫の瞳が美しい。依頼を受けるのは、邪な感情などではないと言い訳したくても、その瞳から目を離すことなんてできない。
「サラマンダーは、俺が全て倒す。それでいいのだろう?」
「えっ? まだ、条件もなにも……」
「では、サラマンダーの素材は、全て俺の物に。ちょうど、素材が必要だったから、それで十分だ」
リリーベル・フリーディル伯爵代行の頬が赤く染まる。恥をかかせてしまっただろうか。
まあ、たまには損得なしに人助けするのもいいだろう。
その時は、まさかサラマンダーどころか、もっと大物と出会ってしまうなんて、想像すらしなかった。
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「えっ、このまま討伐に行く?! ダメですよ、そんなの」
「別に構わないだろう? 早い方が良いに決まっている」
「領地の恩人にお礼すらしない、恩知らずになりたくありません!」
早速、討伐に出掛けようとした俺を引き止めた、フリーディル伯爵代行に、半ば強引に客間に押し込まれる。
貴族でないとしても、初対面の男と二人きりで客間に篭るなんて……。
「あの、こちらを受け取ってくださいませんか」
差し出されたのは、装飾はほとんどないが、最高の鍛治師が作ったとすぐに分かる剣だった。
「うーん、これを持って逃げるかも知れません。……貴女に、襲い掛かるかも」
「ルドルフ様は、そんなことしませんよ」
少し脅かした方が、今後のためだろうか? なんて、いらぬ心配までしてしまった。
純粋すぎるその返答に、なぜか苛々して、思わず言葉が荒くなる。
「……あのな、男と二人きりというのは、問題あるんじゃないか?」
「ふふ、ルドルフ様は、大丈夫ですよ。私、人の善悪が分かるので」
どこ吹く風とでも言うように、そんな事を当たり前のように言うと、彼女は微笑んだ。
「はぁ?」
「信じなくても良いですが、子どもの頃からそうなんです。この力で、何とか伯爵家を守っているので……。つまり、ルドルフ様は、信頼できるお方です」
最初の出会いから、彼女は良い意味でも、悪い意味でも俺の予想を裏切り続けた。
そう、最後の瞬間まで。
「あまり、贅沢な食事ではないのですが、温かいうちに食べてください。いらっしゃると、前もって分かっていたら、もう少し豪勢にしたのですが」
どちらかと言うと、素朴で貴族の食事にしては、あまりに質素だった。
「美味い……です」
「そう、良かったです。作った甲斐が、ありました」
「え? 手料理?!」
「はい。お恥ずかしながら、料理人まで雇う余裕が無いんですよね」
「そうですか……」
ニコニコと側でフリーディル伯爵代行が微笑んでいるだけで、その日の食事は、今まで食べたどんな食事より美味しく感じた。
二人だけの食事の間、ずっとこの時間が続けば良いのにと、思わず願ってしまう。
まさか、次の日、あんなことに巻き込まれるなんて知らないままに、甘いものが苦手にも関わらず、デザートまで俺はしっかり完食した。
次の日、サラマンダーを倒した直後、どうしてそんなにもサラマンダーがこの地に大量発生したのか、理解することになる。
冒険者の基本ともいえる、その事実を考えもしなかったことは、今も反省しかない。今思えば、順調すぎるランクアップのせいで、傲慢になっていたのだろう。
それでも、それがなければ、今の俺も、ルルーシアもいないのは事実なのだった。
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