57 ある冒険者と悪役令嬢の母 3
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翌日、フリーディル伯爵家の領地である砂漠に来ていた俺は、サラマンダーの大群を見つけた。
燃えるような息吹も、鎧の前に掻き消えていく。フリーディル伯爵代行にもらった剣は、易々とサラマンダーを切り伏せていく。切った瞬間、溶けるように手応えを感じる事がない。
「すごいな、この剣……」
フリーディル家の客室でよくよく見てみれば、古の名工の銘が刻まれていた。本物であれば、サラマンダーの討伐程度では、釣り合わない。
生涯をかけて守るくらいでなければ、釣り合うはずのない品だった。
だが、最後のサラマンダーを切り伏せた時、この剣は今回の依頼に見合うだけの品物だった事を知る。
「傲慢になっていたのだな。俺は……」
目の前には、水色の体躯の竜が一匹。
追い立てられてきていたのだ、サラマンダーは。
それでも、この震えは、東方で言う武者震いというものに違いない。
「S級になれるなんて、そんな機会ないと諦めていたのに」
A級冒険者までは、そこにある討伐依頼を日々全て片付ければ、なれないこともない。
例えそれが、王国にたった一人という割合であっても。
でも、S級冒険者だけは、次元が違う。
伝説の存在を倒して、人間の超えることができる壁を乗り越えた人間だけが、許される領域だから。
「フリーディル伯爵代行には、感謝しないとなっ! まさか、こんな機会を与えられるなんて。しかも、右手には最高峰の剣がある」
燃え上がる冒険者としての矜持。たとえ生活のためであれ、冒険者を志した者が、憧れないはずのない強敵。
「……人間。フリーディル家に関わるのを止めないか?」
「…………は?」
剣に手をかけた瞬間、竜が地響きを立てながら、言葉を紡ぐ。
「関わらないと誓うなら、このまま我も元の場所に帰る事を約束しよう」
「何を言っている。俺はそもそも」
「特にお前はダメだ。おそらく生まれて来る子どもは、強い闇の魔力を持つだろうから。そうだな、代わりに強い力と竜の生き血を持ち帰ればいい。S級に手が届くだろう」
竜は巣に帰り、その代わりフリーディル伯爵家には関わらない。俺はS級になれる。
元々、討伐が終われば、声をかけることもなく、この地を去る予定だった。
俺には何一つ損がないはずの提案だった。
それなのに、なぜこんなにも、全ての臓腑が焼け付くような憤りを感じるのだろうか?
「――――断ると言ったら?」
「お前の愛子は、神話の中に語られる災悪の日まで生き残れない。そして、三匹の竜は、光と闇の精霊を今度こそこの世から消し去るだろう」
……意味が分からなかった。その意味がわかるのは、もう少し先の未来だったから。その時には、全てが全て手遅れで、愛しい娘を一人腕の中に抱きしめて、どれだけ後悔してもしきれなかった。
それでも、その時の俺は選んだ。選んでしまった、そのどこまでも甘美で残酷な未来を。
戦いは、熾烈を極め、三日三晩空は、燃え上がるように茜色に染まった。
青空を取り戻した日。竜は地に伏し、俺は未だ地に足をつけていた。
「ルドルフ様っ!」
まだ、残り火で焼け付きそうな地面を、迷う事なく踏み締めてリリーベル・フリーディル伯爵代行が俺の元に走って来る。
俺は、竜の体から取り出した竜玉を彼女に捧げた。
「あの、これは……」
「俺が貰うと約束したのは、サラマンダーの素材だけですから」
「は? これの価値、分かってます?! 王国の姫君だって、お嫁に貰えるくらいの価値があるんですよ!」
「本当に……? そんな価値があるなら俺は」
世界に唯一の女神の前に跪く。
俺は、今回の討伐でS級冒険者に昇格だ。
それは、俺が望む望まないに関わらず、確定された未来だった。
竜殺しになったことで、今までにない力を手に入れたことも、自ずと理解できる。
S級冒険者は、王族との婚姻だって叶う。だが、俺がどうしても欲しいのは。
「リリーベル様……どうか俺の妻に」
「へあっ?!」
リリーベル伯爵令嬢は、可愛らしい。
そう、ルルーシアは、彼女にそっくりだ。
俺が守ってあげなければというほど、無防備に見えながら、しっかりとその二本の足で一人で立つ強さも持つ。
「一目で貴女に恋に落ちた、哀れな男に、どうかご慈悲を」
「えっ、えええ?! この貧乏伯爵家に、次期S級冒険者なんて釣り合いが取れませんよっ?!」
「そんなこと、誰が決める? 決めることができるのは、たった一人、貴女だけだ」
「ふぇあぁぁ?!」
「どうか、許してください。そうでなければ、二度と自分の前に現れないように命令してください」
「え……。二度と……?」
その瞬間、まるで夜空から大粒の雫が落ちてきたかのように、彼女は泣いていた。
「うっ、泣くほど嫌でしたか? どうか、今の言葉は忘れて、この地の民のために、その竜玉は使ってください」
彼女を泣かせてしまったという事実は、俺の恋心を潰すには十分だった。
さあ、帰ろう。美しい女神に会えただけで、今回の報酬にはお釣りが来る。そう決めて、足早に去ろうとした時、俺の足はこの地に縫い止められた。
「いっ、行かないで。二度と来ないなんて嫌」
か細く震えながら、抱きしめてきたその腕は、思ったよりもずっと華奢で、頼りなげだった。
「私の料理、美味しいって……社交辞令じゃないですよね?」
「あっ、ああ……。美味かったよ」
「一人で食べるのは、寂しいから、あなたが一緒に食べてくれて嬉しかったんです。だからっ」
ボタボタと溢れる涙は、止まらない。
泣かせているのが、俺なのだという事実が胸を甘く苦しく締め付ける。
「二度と来ないなんて嫌っ。ずっと私の作ったご飯、美味しそうに食べて欲しいです」
それは、はっきり言って、結婚して欲しいと同義だというのは、俺の考えすぎだろうか。
三ヶ月後、S級冒険者の任命式。
その日は同時に、俺の名が、ルドルフ・フリーディルになった日でもあった。
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