53 そこ、ヒロインの立ち位置です。
アレス殿下にも、前回の記憶があるのだから、リベラ殿下が私たちを追い詰めた可能性だって考えるに違いない。でも、何かが違う気がする。
「兄上。そんなに警戒されなくてもいいでしょう。どう考えても、戦闘力の面で俺は、兄上には遠く及ばないのですから」
「――――正面切って戦えばそうかもしれないが、魔法では、俺はリベラには敵わない」
確かに、光魔法は、どちらかと言えば治癒や味方の守護など、補助的な魔法が多い。
アレス殿下は、一流の剣の腕を持っているから前衛だけれど、光魔法単体であれば、あくまで後衛としてしか戦えない。
――――今のアイシラは、殴りプリースト、またはモンクに近い戦い方をするけれど……。
初対面の時に、儚げに笑っていた小説の中のアイシラ・クリスタルはもういない。
いや、私の家に来て、礼儀作法を習っているから、小説の中以上にしっかりとした礼儀を身に着けているとは思う。
でも、そのドジっ子属性は健在だから、いまだに周囲に被害を出している。
主に、未来のS級冒険者が、その能力を発揮して、大惨事は未然に防いでいる。
その瞬間、キュッと強く手が握りしめられた。
しまった、空想に耽ってしまっていた。
ちらりと横目に恐る恐る見ると、横にいる王子様は笑顔のまま少し怒っていらっしゃる。
分かるんですよ。長い付き合いですから……。
「……どこか、幻想的で月夜の妖精みたいですよね。姉上は……」
本心なのだろうか。いや、王族の言葉を真に受けてはいけない。
私に対しては、ストレートに言葉を伝えてくるアレス殿下に慣れてしまっているせいで、忘れてしまいそうになるけれど、そこに込められた意味は、「話の途中だぞ。ぼんやりするな」だろうか?
それなら、本題に入るほうがいいのかもしれない。
「――――ところで、今回は、私に関連する話とおっしゃいましたよね?」
「レイチェルに聞いていた通り美しいという、心からの賛辞だったのですが」
「へ?」
レイチェル様は、リベラ殿下にいったい、私のことをどんな風に伝えたのだろうか。
レイチェル様が、思っているルルーシア像には、フィルターが掛かっている気がする。
通常営業のレイチェル様は、淑女の仮面を被ったまま優雅にほほ笑む。
貴族令嬢の鑑という言葉は、レイチェル様にこそ相応しい。
だって、そんな風にほほ笑んだだけで、場の空気が確かに変わってしまうのだから。
「ありがとうございます……」
感謝の言葉を述べたにもかかわらず、どこか居心地が悪そうにリベラ殿下が私の隣に視線を向けた。
遠目に見たことがあるリベラ殿下は、いつだって余所行きのアレス殿下と同じ、王子様スマイルで武装していたのに……。
「だが、あまり褒めるのも良くないようですね?」
あまりに気になってしまったので、隣に視線を向ける。
少し伏せた長いまつ毛のせいではっきりしないけれど、その瞳はもしかすると、光を失っているのではないだろうか。
「……ああ、本題に入ろう。俺も、それほど時間が取れるわけではないから」
どう考えても、無理を通してこの場にいるだろうアレス殿下。
でも、テーブルの下の手は、決して私のことを離すことはなく、一人で置いていく気はないようだ。
「交渉の席に立とうと思ったのに、正面突破されるとは。貴族の世界に慣れ過ぎてしまっていたのかもしれませんね」
婉曲な言い方ができないと、誤解しないでほしい。
言い訳のように思えるかもしれないけれど、私にも一応できるのだ。
むしろ、悪役令嬢ルルーシアは、そういうの得意だったのだから。
「――――兄上、光の精霊を召喚されたとのこと。おめでとうございます。これで、兄上の治世は盤石なものになるでしょうね」
あれ? リベラ殿下が、まるで王位争いを降りるようなことを言っている。気のせいだろうか。
「――――リベラ。俺は、王位につく気はない。光の精霊の力を得た今、S級冒険者になるのは、そう遠くない未来だから」
そうですよね? アレス殿下は、幼少のころからS級冒険者になると決めていましたものね。
でも、二人の王子両方が王位争いから降りてしまったら、この国の未来は?
「本気だったんですか……。義姉上と王立学園に通い始めた際、冒険者クラスに所属するなんて完璧な兄上にも、子どもらしいところがあったのだと驚いたものですが」
「俺が冒険者クラスに入るなら、自分は魔術師になると、リベラが王立学園に入学するのを拒否して、魔術師ギルドに所属してしまったほど騒ぎにはしていない」
あらあら、困った兄弟ですね。
――――でも、リベラ殿下のそれは、小説のシナリオ通りなのだ。
リベラ殿下が魔術師ギルドへの所属を許されたのは、その類まれなる魔力の腕前と、光と闇以外の四属性を持っている希少さから……。
もっと、明け透けに言ってしまうなら、カトルのように魔力が暴発しないように、幼い頃から、魔力の制御を学ぶ必要があったためだ。
内包する魔力が大きすぎたため、その制御は困難を極めたはず。
そして、アレス殿下が居なくなった後、魔力の制御をようやく完璧にしたリベラ殿下は、王立学園に転入し、アイシラの前に現れるのだ。
幼い頃に、アイシラと交わした約束を叶えるために。
「好きなことをしなければ、後悔すると言ってくれたのは、外ならぬ兄上ですから。その時、兄上はS級冒険者に、俺は魔術師の頂点に立つと誓いましたよね? 約束は俺が先に叶えてしまいましたが」
簡単に言ってくれているけれど、その約束、相手が違いますから!
小説では、魔術師ギルドに半ば強制的に入れられることになったリベラ殿下は、王宮を抜け出し、光魔法を生かして救護院の手伝いをしていた幼いアイシラと出会う。
アイシラは聖女に。リベラ殿下は魔術師の頂点に立つ。約束は、それが正答ですっ!
今回、私たちがやり直してしまったことで、一番変化を余儀なくされているのは、アイシラだと思っていた。でも、リベラ殿下も、随分と変わってしまったらしい。
アイシラ本人は、前回の震える小動物みたいな守ってあげたい系ヒロインだった時よりも、ハツラツと楽しそうに過ごしているのだけが救いだ。
アレス殿下、本当に、そのヒロインクオリティ、何とかならないのですか……。
「ふう……。話がそれてしまいましたね。単刀直入に聞きましょう。姉上の闇の魔力が強いことは、すでに情報として掴んでいます。すでに、闇の精霊を召喚していたようですね?」
「え、特に隠していないけれど……っ?!」
テーブルの下の手が、私の手を痛いほど握りしめてきた。
なるほど、王家に秘匿されていたのですね。その情報……。父と総ギルド長が共謀ですか? もしかして、学園長もです?
そして、私がその努力をたった今、無駄にしてしまったと。
仕方がない、あとはお任せしますの意味を込めて、負けず嫌いの私はアレス殿下の手を強く握り返しておいた。
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