50 物語の強制力 2
「抱きついて、悪かったけど、友情を確かめ合うってやつだから」
私から離れたカトルが、口を尖らせた。でも、せっかく丸く収まりかけているのだから、やめましょう? と言いたい。
「……ルルーシアと、しばらくお別れになりそうだからな」
「え?」
「……俺は、世界中を回りたい。もちろん、S級になるためには、ルドルフ殿みたいに、人には到達できない敵を倒す必要がある。それは、学園では、叶わないから」
この時期に、カトルが学園から離れるということは、確定事項なのだろうか。
物語のストーリー通りにしようとする強制力が働いて、現実は元の形に戻ろうとするのだろうか。
私は、アレス殿下の腕の中で、フルッと震えた。
たぶん、私が夢で見た世界は、小説と全く同じではない。
でも、この世界が、小説の通りに進まないなんて保証は、どこにもない。
――――未曾有の災害って、何が原因なんだろう。その時、私とアレス殿下は……。
そんな私の思考に割いるように、視界の端でストロベリーブロンドが揺れる。
「ルルーシア、私も冒険者としての活動時間を増やそうと思うんです」
「へ? アイシラは、聖女に」
そう、カトルが旅立った後、いくつかの事件を経て、アイシラは聖女として覚醒するはず。冒険者としての大成するという展開ではない。
「ふふっ! ルルーシアって、想像力豊かですよね? いくら、私が光魔法を持っているからって、聖女になるとは限らないでしょう?」
いや、ヒロインが聖女にならないと、世界を救えないのでは?
「そうだな。意外と、アイシラには冒険者が合っているかもしれないな」
「アレス殿下まで?」
「別に聖女が、冒険してはいけないという決まりもないし、俺も光魔法は持っている」
その言葉を聞いた私は、アレス殿下の左手でキラキラ光る腕輪を思わず凝視した。
そう、主人を亡くした光の精霊は、呼びかけに答え、アイシラを聖女にするのだ。
――――光の精霊を御する乙女こそが、聖女であり、ヒロインなのだから。
そう、小説の展開を知っている私はともかく、アレス殿下は、その時にはすでに……。
……あれ? そうなると、アイシラの呼びかけに精霊が答えることはなく、生き残ったアレス殿下が、真のヒロインになってしまうのでは?
混乱する私の目の前に、まるでそこだけが華やかな光に満ちているように優雅な女神が現れた。
「ルルーシア様」
「……レイチェル様?」
いつのまに、こんなに美しくなったのだろう。
悪役令嬢ルルーシアも、美しかったとは思うけれど、妖艶な見た目だった夢の中のルルーシアに比べて、今のレイチェル様は、華やかな大輪の薔薇みたいだ。
「実は、私に第二王子との婚約の話が出ているんですの」
「えっ、リベラ・ロレンディア殿下とですか?!」
たしかに今現在、第二王子との婚約に相応しい年齢の高位貴族の令嬢で、一番に名が上がるのはシュルツ侯爵家の三女、レイチェル様だろう。
「……そんなに驚くようなことかしら。幼い頃から話はあったのです。ただ、私のことを本当は、第一王子殿下の正妃にしたいという、我が家の思惑が絡んでいて。もちろん、殿下とルルーシア様の仲睦まじさを知っている私が、首を縦に振ることなんてないですが」
確かに、貴族に生まれたら、政略結婚が当たり前というのは、理解できる。たまたま、アレス殿下のことを好きになっただけで……。
いや、我が父の場合は、何としても嫌といえば、私をどこまでも連れて逃げてくれそうではある。
それはさておき、第二王子殿下は、あまりに不確定要素が強い。
悪役令嬢ルルーシアを貶めたのは、第二王子リベラではないかと、記憶を取り戻した今は、考えてしまう。
でも……。
いつか、王宮を訪れた時に、正妃様の後ろに隠れながらも、私に挨拶をしてくれたリベラ・ロレンディア殿下は、そんなことをしそうには、思えなかった。
「私に、もしも冒険者としての才能があったなら、付いていくことも出来たのかも知れませんが」
――――カトルは、ヒロインを何度も助けるけれど、それは友情に近い。
あれ? カトルは、どうしてS級冒険者をそんなにも目指していたのだったかしら?
「っ……レイチェル様は、まさか」
「あー、ルルーシア様について冒険できたなら、素敵でしょうね! ぜひ、第一王子殿下と共にS級冒険者になって下さいませ。私は、第二王子殿下をお支えしますわ」
私の思い過ごしだったのだろう。いつも、勝手に深読みするのは、私の悪い癖だ。
私達が、S級冒険者になれば、おそらく王位継承者は、第二王子殿下になる。
そうなれば、目の前のレイチェル様こそ、未来の正妃様になる。一族から正妃をというシュルツ侯爵家の思惑は、計らずしも叶うというわけだ。
でも、アレス殿下は、それで良いのだろうか?
「ルルが王妃になりたいなら、そちら方面に全力を出すけれど?」
夢を何でも叶えてしまいそうな、自信溢れる笑顔。心を読むにも程がある。
「なりたくありません! アレス殿下が、願うならお付き合いしますけど」
「そっか。でも、ルルといる時間が、忙しくて減りそうだから、嫌だな」
微笑んだアレス殿下のその言葉が、本心なのか、それとも冗談なのか。答えは前者のような気がした。
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