48 あなたには勝てない。
何かを察したらしい、アレス殿下と、アレス殿下を真っ直ぐ見られない私。
「「あのっ……」」
意を決して、声を掛けたのに、二人の言葉は重なってしまう。再びの沈黙。
でも、素直になるって決めたではないかと、深呼吸をする私を見たせいか、アレス殿下がクスッと笑う。
「ルルは、前の俺の方が好きかな?」
「……え?」
「全てを思い出しても、ルルと過ごした時間が、俺のことを変えてしまった。あの時みたいに、ルルに接することは、多分もう出来ないから」
たしかに、小説の中の少し冷たい口調すら、好きだった。
「思い出したんだよね?」
「はい。思い出しましたよ。……もちろん、あの頃のアレス様のこと、好きでしたけど、たぶん今」
「今?」
「今、あんな風に冷たくされたら、泣いて山籠りしてしまうと思います。今みたいに、私の前で笑ってくれる方が何倍も良いです」
「…………そうか。山籠り」
あっ、もしかしたら呆れられてしまっただろうか。ルルーシアの記憶を思い出したばかりだけれど、貴族令嬢としては、全てにおいて負けている。
つい見つめてしまった胸元は、コルセットを締めて、日々磨いていた頃に比べ、鍛え過ぎたせいか、こじんまりとしている。
おかしい。遺伝子が仕事をしていない。
「……アレス殿下こそ、あの時の私とは、ものすごく変わってしまいましたけれど」
「そうだね」
――――やっぱりそうなのね。
がっくりと項垂れ掛けた私の髪の毛を一房摘んで、アレス殿下は唇を寄せた。
「今のルルは、いつも俺のことを幸せにしてくれる大事な存在だ。誰よりも愛している。でも、あの頃のルルーシアの本心は、ぜひ聴きたいな。ルルの口から」
「……え? ひぇっ?」
「教えてよ。俺のことをどう思っていたのか」
アレス殿下との距離が、息遣いが伝わりそうなほど近い。
近すぎて、私の頬が赤いのも、ハクハクと口を動かすしかないのも、きっと気付かれてしまっている。
アレス殿下の指先が、私の顎に触れて上を向かせる。楽しそうに、嬉しそうに、早くと急かすアレス殿下。
「いじわる……」
「そうだね。今のルルは、いじめ甲斐がある」
「ううっ」
「でも、いじめ過ぎて、もし嫌われたら困るから、この辺に…………っ?!」
私の顎に触れていた手はそのままに、私は両手でアレス殿下の頬を挟んで、自分へと引き寄せた。
啄むような口づけは、一瞬が限界だったけれど。
「冷静にいつも、物事を判断するのも、誰よりも努力をしているのも、美しい金の髪も。全部全部、大好きでしたよ」
そこで、一呼吸置いて、アレス殿下を見つめれば、分かりやすく固まっていた。それでも、全く伝えきれていないことに、改めて気がつく。
だって、今のアレス殿下は、あの頃のアレス様の良さは残したまま、さらに上を行くのだから。
「……でも、今のアレス殿下は、時々可愛いくせに、やっぱりここぞという時は冷静で頼りになって、誰にも負けないほどひたむきな努力をしていて、金の髪も、青いきらきら光る瞳も、私に好きと告げる言葉も、本当に何倍も好きです」
「えっ…………それ、反則っ!」
真っ直ぐに見つめた私と、耳まで真っ赤になったアレス殿下。今回の勝負は、私の勝ちだと……。
「ルルのこと、好きすぎる。今すぐ結婚して。これから先、俺のそばから、一秒たりとも離れないで」
……本当に、同一人物なのかという疑惑が私の脳裏を通り過ぎる。
「アレス様は、そんなこと言わないです。そういうところ、変わりましたよね」
照れ隠し出来ているかわからない私の言葉に、意味深に見える笑顔のアレス殿下。
「ふふっ、当時から心の中を覗いたなら、いつも、似たようなことばかり、ルルーシアに思っていたよ」
その後すぐに、ため息混じりの父が、「元気そうだな。鍛錬でもするか」とアレス殿下を連れ去っていった。
――――そんな、そんなことある?
私の中の悪役令嬢ルルーシアが悶えている。それは、私が悶えているのではないと思いたいのに、恥ずかしさも嬉しさも二倍になって、私は今回もアレス殿下に勝つことはできなかった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
心の中で、絶対に愛しさが心中でダダ漏れの、第一王子アレスサイドのストーリーを書こうと決意しました。結末まで書いたら……。
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