47 第一王子と悪役令嬢 3
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抵抗する気にもなれないまま、連れてこられた王宮で、読み上げられる罪状を黙って聞いていた。
アイシラ様が、光の魔法で活躍し、聖女になると目されていると知っていた。けれど、アイシラ様を命の危険に陥らせたという内容は、全く身に覚えのないことだった。
だって、闇の魔力を持って生まれた私は、光の魔力を持つアイシラ様に近づくことすらできないのだから。
父が帰ってくれば、おそらく何としても、私を連れ出そうとする。
「この内容に対して、何か異論はあるか? ……そなたが、このようなことをするとは思えぬ。顔を上げて良い。申してみよ」
陛下の言葉に、顔を上げれば冷たい瞳のアレス様が、陛下の隣に背筋を伸ばして立っているのが見えた。
アレス様も、私が引き起こしたと、思っているのね。
その瞳が、あまりにも冷たく私を見下ろしているから、私は、もう全てを諦めてしまった。
「異論は、ありません。どちらにしても、王族にとって私の存在は……。婚約破棄を受け入れます」
「そうか。それが、ルルーシアの答えか」
少しだけ、陛下の声が落胆したように聞こえた。
抗えば、何か変わったのだろうか。
でも、アレス様をこれ以上巻き込みたくない。
「アレス、お前はそれで良いのか?」
「異論はありません」
アレス様の声が、あまりに無機質で、何の感情もないような気がして、不敬だと知りながら、思わず顔をむけてしまう。
……どうして、そんな顔をしているの。
暗い影が落ちた瞳は、感情を映すこともなく、微笑んでいるのに、何かが抜け落ちたような表情に、寒気を覚える。
そんな顔をさせているのは、私?
そう言えば、婚約の時にアレス様が、私にくれた言葉があった。
『ずっと一緒にいようね? ルルーシア』
まだ、王族としての教育が、本格的になる前の出来事だった。その言葉は、私にとっていつも支えだった。あの時みたいに、笑って欲しかっただけなのに。
――――その言葉が、私の宝物だったのに。
目を瞑ると、違う場面で微笑むアレス様が浮かぶ。
『僕、頑張って研究するから……。ずっと一緒にいようね? ルルーシア』
「え?」
私とアレス様の会話の中に、こんな言葉はなかったはずだ。それでも、なぜか幸せそうに笑った顔が重なって、思わず泣きそうになる。
屋敷に篭って過ごす間、光と闇の魔力に関する文献をたくさん読んだ。
――――魔界の王と天上の女神が織りなす魔法
意外なことに、少しふざけた名前のその本に、一番詳しく光と闇の魔力について、書かれていた。
その本を読んでしまった時に、私は決意した。アレス様の足かせにはならないと。
――――ふふっ。そういうお年頃なんて思って、申し訳なかったわ。
あれ? と、私は動きを止める。
現実逃避したくなるような状況だけれど、まるで違う記憶でもあるみたいに、何度もよぎるのは……。
その記憶の中の、アレス様は、コロコロと表情をよく変える。幸せそうに笑って、素直に気持ちを告げてくるのに、私はいつも、上手く言葉が返せずにいる。
もしも、あの優しい世界に行けるなら、私はきっと今度こそ、アレス様を守るための力を持つと誓うのに。
でも、今の私が持っているのは、貴族令嬢として手に入れた、美しい所作だけだから。
退室の前に、せめて美しい笑顔だけ残して。
私は、満面の笑みを見せる。幸せそうに見えるように。華やかに、艶やかに。
そして、出会った頃、アレス様が妖精みたいだと褒めてくれた、貴族令嬢として最上位の礼をする。
会場が静まり返った。周囲の騎士達も、私を拘束しようとしていた手を止めて、しばしの間、私から目を逸らせないようだった。
そのまま、踵を返して、婚約破棄の場を堂々と去る。誰の手も借りず、私は一人、歩き出した。
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王族についての秘密を知りすぎた者を、生かしておくことなんて出来ない。
そんなこと、私が一番よく知っている。
王宮を出て、用意されていた馬車は、とても豪華だった。
表向きは、婚約破棄をされ、この国を守る聖女を傷つけようとした令嬢を、戒律の厳しい神殿まで送るための馬車。
でも、実際には、私が神殿にたどり着くことなんて、ない。
優雅にスカートのすそを翻して、馬車に乗り込んだ。
振り返った王城は、アレス様との思い出で溢れかえっている。
神殿は、深い森の中を通っていく。
たぶん、そこが私の……。
ガタンと、馬車が停まった。
ざわざわと、騎士たちのざわめきが聞こえる。
馬車の扉が、乱暴に開かれた。
そこには、眉を寄せたアレス様の姿があった。
「少しは、抗うという選択はないのか。ルルーシア」
「アレス様……。どうして」
「――――婚約破棄をしたのは、ルルーシアを逃がすためだ。ルルーシアの闇の魔力の強さは、きっと闇の精霊だって呼び出すことができる。そうなってしまったら、都合が悪い人間があまりに多いから、逃がす道を探っていたのに。俺のことが嫌いでも良いから、せめて、ルドルフ殿が戻るまで時間を稼ぐくらい抗ってくれ……」
嫌いなはずがない。あなたの足枷になりたくなかっただけなのに。
「――――アレス様、すぐに戻ってください。あなたは、私といると魔法が」
「だから距離を置いていたんだ。ルルーシアを守りたいと動いたことすべてが、仕組まれているみたいに裏目に出た……。俺は、ルルーシアを失うなんて耐えられない。すべてを失っても、ルルーシアだけは……」
今の私は、知っている。
アレス様は、私と一緒にいると、光魔法を使うことができない。
そして、光の精霊も、魔力の消費が激しすぎて、ほんの短時間しか呼び出せない。
それなのに、アレス様は強引に私の手をつかむと、馬車から連れ出した。
アレス様は、強い。王立騎士団仕込みのその剣は、並ぶものがいないと評される。
それでも、魔法が使えなければ、ただ強いだけの剣は、対多数に勝つのは難しいだろう。
視界がにじんで、アレス様の顔が見えない。
泣いている場合じゃないのに。
「――――ルルーシアを、護衛する騎士も、俺が選別したはずなのに、入れ替わっているな。すべて、俺の力不足のせいだ。許してくれ……ルルーシア」
「違います! 私は、竜の予言で、死ぬ運命だったんです! 今ならまだ、戻れるから」
「もう無理だ。ルルーシアと俺がともにいることを望まない人間が、騎士を入れ替えた。もう、戦う以外の選択肢はない」
アレス様が、剣を抜いて、敵の中に飛び込んでいった。
「アレス様!」
私は、戦う力がないことを、悔やんだ。
私だって、闇の魔力をきちんと使えるようにするべきだった。
冒険者になってでも、剣の腕を磨くべきだった。父に教えを乞うべきだったのだ。
その瞬間、真っすぐに剣が私に向かってきた。
刺し貫かれた瞬間、あまりの熱さに目を瞑る。
そして、違和感とともに瞳を開けば、アレス殿下に抱きしめられていた。
刺し貫かれた剣は、真っすぐアレス様の背中から私のことを……。
「っ……ルルーシア。君がこんな目に遭うことはなかったのに」
「……アレス、様?」
アレス様は、息もできないほど、腕の力を強めてくる。
「もう一度……」
そういえば、あの本の中には、唯一光と闇の混合魔術が、記されていた。
実現不可能なはずの、その魔法に必要なのは……。
「条件が、そろった。ルルーシア」
私の魔力が吸い取られていく。私とアレス様の魔力が、とても深い場所で、繋がっていく。
それは、鎖のような音を立てながら、複雑に組み合わさっていった。
泥の沼の底で、全てを諦め、それでも何かに妄執しているみたいな仄暗い笑顔。
「ルルーシア……。必ず君を取り戻すから」
「え?」
唐突に紡がれた言葉は、アレス様の声音と違って、暗い影が込められたみたいだ。
気がつけば、アレス様と私の周囲を、ジャラジャラと音を立てながら、光と闇の鎖が取り囲んでいた。
「ここまでしても、君のことを守れなかった。ルルーシア……。俺は君のことを忘れてしまっても、何度繰り返しても、必ず君のことを好きになるから」
光と闇の混合魔法は、術者が死に瀕した時にだけ、使うことができる。術者が何より大切にする記憶を対価に。
ジャラジャラと音を立てる鎖の間を縫うように、二匹の大きな犬が現れる。
「巻き込んでしまったわね……。代わりに力を貸してあげる」
「――――俺たちの運命とお前たちの運命は、すでに重なったから」
そんな言葉を、私たちに投げかけると、光と闇そのものみたいな色合いをした二匹は、再会を喜ぶみたいに擦り寄った。
「全てを壊しても君を守ってみせるから。だから、今度こそ、俺のことを好きになって? ルルーシア」
アレス様の、心からの笑顔を見たのは、あの時以来だった。涙がポロリとこぼれ落ちる。
――――今度こそ好きになってなんて……。ずっと、誰よりもアレス様のこと、愛しているの。
その言葉を伝えることはできないまま、私は闇へと落ちていく。
『愛する者からの魔法の鎖に縛られて、冥府の門をくぐれない存在よ。……運命に抗う力が欲しいか?』
私の答えは、「運命に抗う」一択しかなかった。
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今度こそ、あなたの隣で抗うから。
……だから、これからだってずっと大好きでいても良いですか?
目を開けば、目の前にアレス殿下がいた。
私を見つめている瞳が、闇に支配されていないのを見て、ほっと息を吐きだす。
ゆっくりと起き上がる。
あの後、世界は未曽有の災厄にさらされたのだろうか。
そもそも、娘を奪われた父が黙っているはずもない。
それに、二匹は神話級の精霊だ。
怒りを買ってしまえば、周囲一帯の魔力どころか、王国中から魔力が消えてしまったっておかしくない。
「――――悪役令嬢と第一王子は、光と闇の精霊に、巻き込まれた疑惑。そして小説のラスボスが、お父様疑惑」
「え? 何言っているの、ルル」
「何でもないです。アレス殿下のことが、本当に大好きってだけの話です」
アレス殿下に、思いっきり抱き着く。
こんなに近くにいても、アレス殿下が着けている腕輪と、私に寄り添う黒い剣のおかげで、私たちはお互いの体温を確かめることができる。
「――――ところで、前回現れなかったその腕輪」
「……うん、ごめん。光の精霊の」
陛下がくれたなんて、嘘に違いない。
だって、そんなものがあれば、第一王子アレスなら何としても、手に入れた。今の私には、それがよくわかる。
この黒い剣と、アレス殿下の髪のようにキラキラ金色に輝く腕輪は、同じ存在がもたらした物に違いないのだから。
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