45 第一王子と悪役令嬢 1
久しぶりの、父の腕の中は、やはり安心できる居場所だ。こんなにも、安心できる場所があったのに、どうして悪役令嬢ルルーシアは、そこに助けを求めなかったのだろう。
そこだけは、ずっとずっと、私の中で大きな疑問だった。そんなことを思いながら、私は夢の中へと落ちていく。
深層に沈んでしまった、悪役令嬢ルルーシアの記憶の中へと。
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少しの間、気を失っていたらしい。
何処かから、「運命に抗うか?」という声が聞こえた直後に、周囲は闇に飲まれた。
体から溢れた闇の魔力が、抑えきれずに溢れかえってしまったことまでは、記憶しているけれど。
「……まさか、これ私がやったの?」
魔力がこんなにあるなんて知らなかった。
こんなふうに、周囲を廃墟にしてしまうなんて。
魔力判定は、秘匿して行われ、闇の魔力が少しあることは父から聞いていたけれど。
「無事か? ルルーシア。急いでルドルフ殿のところに帰ろう」
「アレス様……。私」
いつも微笑んでいるだけで、決して感情を表に出したりしないアレス様が、珍しく焦りを滲ませていた。そんな顔をさせているのが、自分の引き起こした惨事であることに、私は思わず身震いした。
「今は何も考えなくていい。きっと何か手立てはあるはずだ」
そう言って、私を支えて立たせてくれようとしたアレス様が、「……まさか、早すぎる」と、呟いたあとギリッと音がしそうなほど、奥歯を食いしばった。
まるで準備されていたみたいだった。
集まった騎士たちの手により、私の体は、あっという間に拘束される。
ーーーー怖い。
でも、私は震えを抑え込んで、「第一王子の婚約者に対する扱いではありません。誰の差金です?」と、出来るだけ冷たい瞳で言い放った。
「さすが、闇の魔力に魅入られた令嬢だけある。これだけの事態を引き起こしておいて、そんな不遜な態度でいられるとは」
そう言って、私を見つめた男性は、茶色の髪に紫の瞳、そしてどこかアレス様と似ていた。
その後ろにいるのは、魔術師ギルドの次期最高責任者、シュルツ侯爵家の長男……。
「リベラ・ロレンディア第二王子殿下?」
彼は、小説のメインヒーローのはずだ。そして二人は、魔法に関しては、この王国の最高峰に位置する。
こんなところで、ルルーシアと接点があったのだろうか?
どこからか、「真実を見据えろ。抗うために」と声がする。ほんの少しの違和感。だけど、そんな不思議な思考に集中する暇もない。
そう、高等学院に進級直後に私が起こした、闇の魔力の暴発。幸いなことに、人的な被害はなかった。まるで、仕組まれたかのように、周囲に人はいなかった。
けれど、その直後から、私の運命は。
「……ルルーシアを離してもらおうか。闇の魔力に関しては、王家でも光の魔力に継ぐ機密事項のはずだ。なぜ、こんなにも大事にする、リベラ」
「第二王妃の息子であるあなたこそ、今回のことからは退いてください。正妃の息子である俺が、扱うべき事案のはずです」
二人の言葉の応酬の後、ゆっくりとアレス様がこちらを振り返った。
その瞳が、何かの激情を押し隠すように細められた。
その唇が、「愛している」と音を立てずに震えて、私のことを安心させるように微笑んだのは、たぶん私の願望がそう見せたのだろうけれど。
「……悪いが、この件は俺の預かりにしてもらえますか?」
振り返ると、父が立っていた。
おそらく、長距離を駆けつけたはずなのに、息を乱すことすらない。
「伯爵家程度で」
「……いいえ、先日復帰いたしましたので、今はS級冒険者ですよ。王国だけでなく大陸全土の安全が脅かされる時、S級冒険者に与えられた権限は、陛下の次に優先される。……それとも、ここで戦うか?」
そんなふうに、その力を使ってはダメ!
……巻き込まれてしまうから。
そう思うのに、動くことのできない騎士達の間に割り込んだ父が、私を軽々と抱き上げ、微笑みかけた。
「俺の力を使えば、闇の力を抑えることができる。一番の適任のはずです。……お許しいただけますか、アレス・ロレンディア殿下」
「ああ、ルドルフ殿に任せよう」
けれど、私が周囲を廃墟にしてしまったことで、ルルーシア・フリーディル伯爵令嬢が闇の魔力を持つことは、周囲に知れ渡ってしまった。
再び王族としての仮面をかぶってしまったアレス様。この出来事の後、その笑顔を見るのは、もう取り返しがつかなくなった、あの時、たった一回だけだった。
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