42 本気で抗うことを決意したなら。
困ったことに、恋に落ちてしまった瞬間から、その手が触れるだけで、びくりと震えてしまう。
同じ空間で、同じ空気を吸っていることなんて、小さなころから当たり前だったのに。
アレス殿下は、小説の中の私の推しだ。
だから、もちろんずっと好きだった。
幼い頃から、私のことを好きだと全部で伝えてくるアレス殿下のこと、とても大事に思っていたし、大好きだった。
それなのに、これはいったい何なのか。
いまさら、これ以上に大好きになってしまうなんて思いもしなかったのに。
「――――どうしたの、ルル」
「なっなんでもありません!」
「何でもないわけがないよね?」
スルスルと頬を撫でてくる、冷たい手。
今日に限って、なぜかその距離を詰めてくるアレス殿下に、私は押されっぱなしだ。
――――なんだか悔しい。
一人だけ、余裕がある大人みたいな態度。
いくら、記憶を思い出したって、王太子としての教育を受けていたって、私たちはまだ……。
そう、アレス殿下も私もまだ、十五歳。
「――――はぁ。そっか、未来に期限があると思って、あきらめていたのは私のほうなんですね」
「ルル?」
「きっといつか、アレス殿下に別れを告げられると、どこかで思っていたんです。好きになってしまったら、いつか来るお別れがつらすぎるって。また、一緒にいることができないのは理由にならないかな、なんて言われたら多分立ち直れないから」
「ごめん、ルル。でも、それは」
「――――ただ、一緒にいたかっただけ」
「えっ?」
私は、ごちゃごちゃと、うるさい気持ちに、ようやく整理をつけて、真っすぐにアレス殿下を見つめる。
幼い頃から、ずっと一緒にいたのに、こんな風に真っすぐ見つめることを、どこかで避けていた。
それはきっと、無意識に。
「悪役令嬢にならないルートを探すとか、好きになったら別れる日が来るとか、一緒にいたら魔法が使えないとか……ごちゃごちゃ考えて」
「……ルル」
「一緒にいたいです。ただ、一緒にいるとだけ、それだけは諦めないとだけ、誓ってくれるなら」
私を守るためだからって、離れていくふりなんてしないで。
陰で守ってくれていたって、それを知らないままでいたら、悲しくて今度こそ泡になって消えてしまいそうだから。
「陰から守られてその事に気が付くこともできずに深く傷つくくらいなら、一緒にいて最悪の事態になったとしても、私はもう後悔しない。だから……約束してください」
「約束なんて……。ただ、ルルが許してくれるなら、ずっとそばに。そばにいさせて」
それは、約束ではなく、一方的な懇願のようで。
そんな風に言ってもらえるなんて、どこか夢みたいに信じられなくて。
むしろ、婚約者として自分を磨いていた、悪役令嬢ルルーシアのほうが、よっぽどその懇願を受ける価値があるに違いない。
「ルルだけに、本心を知っていてもらえたら、それだけで」
ガタンと音がして、馬車が停まる。
この時間が終わってしまうことを、どこか名残惜しく思う私に、アレス殿下がもう一度口づけをする。
その口づけには、魔法が込められていて、それが今残っているアレス殿下の、すべての魔力だということを認識した時には、もう遅かった。
「どうして……?」
「一度、フェイを呼び出して、きちんと真実を見極めて」
崩れ落ちるように、体勢を崩したその体を慌てて支える。
声を出すのすら、苦痛を感じているのだろう、冷たい体を抱きしめる。
魔力が完全に枯渇するなんて、命に関わることだってあるのに。
「――――心配しないで。そばにいるから」
そう言って、アレス殿下はその瞳を閉じる。
その瞬間、馬車の扉が開いて、無表情のままの父がアレス殿下を担ぎ上げた。
半分泣きそうになりながら、父の顔を仰ぐ。
「……また、無茶ばかりする。だが、ルルーシア。お前のするべきことは、ただ茫然と貴重な時間を浪費することか?」
「いいえ。お父様……。アレス殿下をお願いします」
「悪いようにはしない。腹立たしくはあるが」
私は、アレス殿下から背を向ける。
怒っていないわけではない。それでも、私たちが本当に離れずに、そばにいるためには、この時間を無駄にすることはできないって分かるから。
誰もいない庭先まで、走ってきて、息を整える間も無く抜き去った剣が、闇の気配を強くする。
愛しい私の精霊。契約でつながれた、運命にともに抗ってくれる存在。
今ならできる気がした。もう一度、愛しい私の精霊に会うことが。
アレス殿下と私のつながりは、アレス殿下の魔力が枯渇したことで消えている。分けてもらった力が、私を後押ししてくれている。
今ならきっと、もう一度会える。
「フェイ! 運命に抗うって約束、叶えて!」
「――――ああ、俺たちの約束だ。ルルーシア」
スルリと柔らかくつやつやした毛並みが、私に擦り寄る。
予想以上の魔力の消費に、しゃがみこんだ私に、懐かしい黒い姿の大型犬が、いとおし気にその身を寄せた。
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