38 真実をさらけ出すなら。
シーク先生は、物語の設定ではハイエルフだ。
排他的なエルフの頂点に立つ存在でありながら、人と交わって過ごす特異な存在。
その上、小説の中では、ヒロインと密に関わる。
謎が多かった、精霊やエルフたちとの関りを深めながら、物語は進んでいく。
「アレス殿下は……」
上目遣いに見つめると、ペリドットのような瞳はどこまでも思慮深く、私のことを見つめているみたいだった。
その、耳の下で切りそろえられた、クリーム色の髪の毛を、シーク先生がおもむろにかき上げて耳にかけた。
とたんに現れる、先端のとがったエルフ特有の耳。
「シーク先生」
ハイエルフであることはもちろん、普段認識阻害魔法と髪の毛でエルフの特徴すら隠していたシーク先生が、私の前でエルフであることをさらけ出した。
――――その意図は、さすがに私でも理解できる。
「はぁ。ずるいです。シークテイルダイアンタス様。先生が隠していた秘密をさらけ出してしまったら、それ相応に話をしなくてはいけないじゃないですか」
「もともと俺がエルフだってこと、初対面から気が付いていただろう。それは、闇魔法なんかでは説明がつかない。こう見えて認識阻害魔法には自信があるんだ」
「……私が、少しだけ未来を知っていると言ったら信じますか?」
「もちろん、信じるに決まっている。だって君はおそらく私がハイエルフであることも知っているのだろう?」
間髪入れずに、返された答えに、私は一つだけ肯定を示すために頷くと、即座にどこまで伝えるのか決めた。真実をさらけ出されたなら、こちらだって相応の誠意をもって答える必要があるから。
「私が見た未来では、アレス殿下は、近い将来、光の精霊と契約します。そして、闇魔法を持った私とは、ともに過ごすことが難しくなる」
シーク先生は、アレス殿下が幼い頃、光と闇の魔法は共存できないのかと質問した時のように、口元は笑っているのに、どこか気づかわし気な視線を向けた。
「――――今は、アレス殿下がはめている腕輪のおかげで、光の精霊と契約したとしても、一緒にいることはできます」
「だが、そうなるとルルーシアは、魔法を使うことができない。魔法を使ってしまったら、アレスの精霊に影響が出てしまう。そして、アレスの精霊はルルーシアの闇の魔力を奪ってしまう」
私が、腕輪をはめていれば、私は魔法を使えるけれど、アレス殿下は使えない。
それでは、小説の悲劇を回避できないかもしれないから……。
私は、フェイの化身である黒い剣にそっと指を這わせる。
「……アレス殿下は、私と婚約を解消」
「ルル!」
婚約破棄後に、凶刃に倒れて死んでしまう。
それは、ルルーシアのそばにいるせいで、魔法を使うことができなかったから。
アレス・ロレンディア第一王子のあまりにもあっけない最後は、小説ファンの間でも謎とされていた。
だって、アレス殿下はルルーシアのそばにいなければ最強なのだから……。
「――――アレス殿下」
「ルル! 無事だね?」
泣いたりしたくないのに、脳裏に焼き付いたまま離れない、小説の中のアレスの最後が、私の瞳を潤ませる。
顔色も悪いままのくせに、息を切らして私の元に駆けてきたアレス殿下。その瞳を思わずのぞき込む。
その瞳は、先ほどの狂気に濡れた暗い青色ではなく、快晴の空みたいにキラキラ輝いて私のことを見つめている。
――――思い出したのでは、なかったの?
「そんなに見つめられると、吸い寄せられてしまいそうになる」
なぜか、近づいてくる唇に、慌てて私は顔を逸らす。その直後に、強く抱きしめられた。
「――――ごめん。傷つけるところだった」
「アレス殿下?」
「愛している気持ちが、こんなに暗く澱むなんて……。ルルが、そばにいてくれた俺は、知らずにいた」
耳元でのささやきは、私に向けたもので、どこか違う誰かに言っているみたいだった。少なくとも先ほどの記憶はあるのだろうか?
「好きだよ……。俺から離れないで」
――――もしかして、またあの鎖を出すの? あの、悔恨で暗い炎がともったみたいな瞳で、私のことを見つめるの?
私が体を固くしたのことに気が付いたのか、アレス殿下は小さく耳元で笑うと、息苦しいほどの力で抱きしめていた腕を緩める。
恐る恐る見つめた瞳は、変わらず澄んだままだった。
……よ、良かった。いつものアレス殿下だわ。
ほっとしすぎて思わず、か細い吐息が漏れる。
「もう、あんな気持ちに囚われたりしない。だって、俺はいくら形式上であっても、婚約破棄なんてしない。死ぬまでルルを手離したりしない……。だからもう、婚約を解消するなんて二度と口にだって出さないで」
たしかに、私は婚約を解消してもらうことを目指していた。
でも、悪役令嬢だっていうことすら含めて、あなたが私にそばにいてほしいと思ってくれるのなら。
「返事……ないと不安になる」
アレス殿下の瞳が、一瞬暗い雲のせいで陰った青空みたいになったのを見てしまった私は、慌てて何度も頷いた。
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