29 第三の選択肢
アレス殿下は強い。
私から離れて魔法を使うことができれば、十五歳の頃の父より強いらしい。
でも今現在の父はもっと強い。
だって、この大陸に一人しかいないS級冒険者なのだから。
「なんでこんなことに……。お父様はいったい何を考えているの?」
開け放たれた窓から入ってくる風。
でも、私はその後を追いかけることも出来ず立ちすくんでいた。
だって、私が行ってしまったら、魔法が使えないアレス殿下には万に一つの勝機もなくなる。
私は現実を突きつけられる。
私たちは、二人で戦えばA級冒険者の実力を持つ。
でも、私一人ではそこまでのレベルで戦うことはできない。
「おい、ルルーシア」
振り返ると、黒髪を後ろで結び、漆黒の闇のような瞳をした闇の精霊、フェイがこちらに近づいて来た。
「すごい威圧を感じたが、ルドルフか」
「ええ、お父様は、アレス殿下と戦いに行ったわ」
「お前たち二人が、直球勝負なのは遺伝か? そもそも、ルドルフは無敗だろ? ……S級になってからはたった一回を除いて」
「ええ、お母様を救えなかったたった一回の戦い以外は無敗だって」
その戦いの後、父は冒険者を完全に引退した。
そのことを話してくれた時、父は血が流れそうなほど拳を握りしめていた。
だから、きっと誰よりも私たちのことを応援してくれるのと同時に、誰よりも危険に飛び込む私たちのことを憂いている。
「……なぜルドルフがあそこまで強くなったか、お前は知らないんだろう?」
「え?」
「ルドルフは強い。でも、あれは人が超えることができる強さじゃない。それは多分、ルドルフがS級になった時に倒した竜と関係しているんだろうな」
「竜?」
そういえば、S級になるには伝説級の魔獣を倒す必要があると聞いたことがある。
「……本当にいいのか」
「え?」
「ルドルフは、全てを捧げてお前たちを守ろうとしている。人間が掴める未来は少ない。……お前は本当にこの未来に進む覚悟があるのか?」
全てを捧げる?
捧げるって何を?
だって、小説の中にはそんな展開なかった。
悪役令嬢ルルーシアの父親について描かれることはほとんどなかったし、S級冒険者に復帰するなんてことも。
「今、お前が駆けつければ、二人の戦いを止めることができる。お前がそばにいれば、アレスに勝ち目はないからな」
「っ……お父様」
窓の向こうの空が、赤く光り輝く。
その直後には金色の光が。
大好きな父と、大好きなアレス殿下が戦っている。
私は、それを見ているしかないの?
それが私の選択の結末?
「……私っ、二人を止めたい! でも、アレス殿下がそのせいで負けてしまうのは嫌」
「……俺の主人は強欲だな。それなら、第三の選択肢を掴め。その腕輪はアレスの腕にはめるといい。……そして俺に願え」
フェイは、美しい黒い犬の姿になった。
その体を取り囲む、人間の全てを魅了し、恐れさせるだろう漆黒の闇。
「本当に願うなら。今度こそ正式な契約を」
「……私と一緒に運命に抗って。フェイ」
「ああ、わかった。俺の唯一の主人。その名において俺に願え」
「ルルーシア・フリーディルの名において、今一度の契約を願う」
その瞬間、フェイが笑った。いつも、つまらなそうにしているか、無表情なことが多かったのに。
「ちっ。唯一の主人を選ぶほど、この俺が絆されるなんてな。……しばらくこうやって話ができないのは残念だけど。俺に会いたければ、早く強くなれルルーシア」
その直後、私の手には一振りの懐かしい黒い刀身の剣が握られていた。
そして私の魔力は、私の中ではなくて全て剣の中に収められたことを知る。
「フェイ……。私が強くなったらまた会える?」
黒い剣からは返事はない。その代わり、黒い剣は硬質な美しい音を立てたような気がした。
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