30 本当はついて行きたいから。
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私が、たどり着いた時、すでに勝負はついていた。
銀の刀身が、アレス殿下の首元に突き付けられる。
「――――やはり、勝てなかったか。ほんの少し期待したのだけれど」
「……ルドルフ殿。ルルーシアを連れて、どこか遠くに行くおつもりですか」
「それは、あの子に断られてしまったよ。だが、ルルーシアを守るためには、まだ殿下のお力では不十分なようだ」
「――――いったい何を」
ルルーシアと同じ、光に当たると金色に輝いて見えるその瞳が弧を描く。
それはたぶん、自分のことなど二の次にして、何かを成そうとしている表情に思えた。
「ルルーシアが何か大きな運命と戦っていることには気がついていた。そして、アレス殿下、あなたも運命にこれからも抗い続けなくてはいけない。二人がともにいる限り」
「それでも俺は」
「――――二人でいる限り、殿下は光魔法を行使できない。それではS級には届かない。S級になるには、人が到達できる高みを越える必要があるから」
父とアレス殿下の会話は、遠すぎて聴こえない。
でも、父の表情は今まで私が見た、どんな表情とも違っていて。
「ルルーシアをすべてから守ると、約束してください」
「――――守ってみせる……。だが」
「――――お父様!」
「ああ、来てしまったのか。俺と遠くに行く気持ちになったのかな? ルルちゃんは」
お父様こそ、そんなつもり全くないくせに。
いったい何をしようとしていたんですか。
私は、倒れたままのアレス殿下のそばにしゃがみこむ。
そして、私がそばに来たせいで魔法が使えないアレス殿下は、お父様との戦いのせいで消耗している。
私は、アレス殿下が抵抗できないのをいいことに、説明もなく腕輪をその手にはめた。
その瞬間、黒い闇が殿下を守るように取り巻いて、そしてその直後にまばゆい光が腕輪から発せられる。
私のそばでも、光魔法を使うことができることを証明するように、殿下についていた無数の傷が瞬く間に治っていく。
――――ずるい。光魔法。
私は、今、魔法を使うことができない。
でも、私の手に握られた、フェイの化身である黒い刀身は、私からすべての魔力を奪ってしまう代わりに、私に戦う力をくれる。
この剣を携えている間は、私の魔力はこの剣にしか奪われることがない。
おそらく、聖女だって私から魔力を奪うことはできない。
それは、どんなにアレス殿下が魔法を使っても、そのことで私に悪影響はないということだ。
「……えぇ。予想外なんだけど。その腕輪、殿下にはめるのルルちゃん」
父の雰囲気が、いつもの軽いものに変化する。
いったい父は、何を覚悟していたのだろう。
でも、確実に私のそばから離れるような選択をしようとしていた。
「お父様。私のそばにいてください」
「――――随分強欲だね? 誰に似たのか。……そんなに人間は、たくさんのものを手にすることは出来ないんだよ」
「お父様、私とアレス殿下の二人が相手です」
今まで、殿下のそばに近づけば近づくほど魔力の消耗が激しくなってしまうから、私はあえて弓という選択をしていた。
でも、本当は剣の方が得意なのだから。
「……アレス殿下? 本気のアレス殿下を見せてください」
「――――この腕輪をしたってことは、宮殿の奥で俺に守られて暮らすってこと?」
「まさか! そんな女性が好みですか?」
「いや、俺の好きな人は、きっと一緒に戦ってくれるだろうね」
――――その通り。
「はぁ、ルルちゃんはとうとうあの性悪精霊と本契約してしまったのか。冥府の犬なんて恐ろしい名前をした、いかにもいわくありげな精霊なのに……」
そういいながらも、口の端を上げた父が、剣先を私たちに向ける。
ビリビリとした空気が、周囲を支配する。
まるで、急に温度が冷えてしまったかのように、全身の血が凍りつくような恐怖を感じる。
「ははっ。…………降参する」
「は?」
「え?」
臨戦態勢に入ろうとしていた、私とアレス殿下が呆然と見つめる中、父は剣を地面へと突き刺した。
「実のところ、アレス殿下のせいで結構消耗した。ここから、二人を相手にするのはちょっと厳しい」
そういうと、父は私たちに背中を向けてしまった。
「本当は……、俺のすべての力を殿下に継承しようかなって思ったんだけど、気が変わった。もう少し、君たちの成長が見たくなってしまったから」
そういうと、あっという間に跳躍して、父はフリーディル伯爵家へと帰って行ってしまう。
「結婚までは、手を出すのを許したわけじゃないからな?! アレス!」
謎の捨て台詞を残して……。
二人の戦いの熾烈さを物語るように、周囲の木々がなぎ倒されて、広い空間が出来てしまっている場所に、私とアレス殿下は取り残された。
「……どういうことなのかという説明はあとでします」
こういうことは、先に言ってしまった方の勝ちだ。
話せば長くなりそうだし、約束を守らずにここに来てしまったことへのお叱りは甘んじて受けようと思っている。
――――でも、今は。今はもっと話さなくてはいけないことがあるから。怒るのは後にしてください、殿下。
私は深呼吸をして、アレス殿下を正面から見つめる。
「アレス殿下……私だって、ずっと、ずっと一緒にいたいです!」
「ルル?」
「……それに、私もアレス殿下のこと好きです」
「……本当に?」
「離れたくない。そのために、私だって強くなってみせるから」
アレス殿下と距離を置こうと無意識に作っていた壁が、ガラガラ音を立てて崩れていってしまう。
この壁さえあれば、いつでも逃げ出す準備は出来ていたのに。
気がつけば、逃がさないとでもいうように強く抱きしめられていた。
「――――もう一度、好きって言って……ルル」
「好きです……。大好きです。アレス殿下」
「俺も。……愛してる。ルルーシア」
抱きしめられたその力に負けないくらい強く、私もアレス殿下の体を抱きしめ返す。
いつの間にか、抜かれてしまった背も。
大人になってしまった声も。
たぶん、この恋心すら、まだアレス殿下には追いついていないのかもしれないけれど。
「ずっと一緒にいてください」
「ああ、約束する」
そう言って、抱きしめ返してくれる腕の中、私は初めて正直に本当の自分の気持ちと向き合うことになった。
その感情は、胸が苦しくなるほど切なくて、燃えるように熱くて、そしてこの上なく幸せに私のことを包み込んでしまった。
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