20 S級冒険者なんて聞いてません。
そこからは怒涛の展開だった。
「――――は? S級冒険者ですか?」
父は、S級冒険者だった。いや、寧ろどうして今まで気がつかなかったのかが不思議で仕方ない。
国王陛下とため口……。陛下が父のことを呼んだ言葉。アレス殿下が剣を習うことを誰も反対しないだけの実績と実力。
ようやくすべてが繋がった。遅すぎるし、周囲はみんな知っていたに違いない。
「ねぇ……。フェイ、知っていたの?」
黒い毛並みを思う存分モフモフしながら問いかける。
だらしなく、お腹を出したフェイが当たり前のように返事をする。
「当たり前だろ。知らなかったのはルルーシアだけだ」
衝撃。そんな言葉が今の心情にぴったり当てはまる。
「――――あえて隠そうとしていた。ごめんねルルちゃん」
どうしてそんな顔して笑うんですか? 父がS級冒険者なんて自慢しかないじゃないですか。
でも、理由があって引退したに違いないことがその表情からうかがえる。
そして、私のために復帰を決意したことも……。
「私のために無理に復帰するのならやめて欲しいです」
「そんなこと言わないで。大事な人を失って引退したけれど……。もし、今度こそ守るためにこの地位が必要なら喜んでなんでも使う」
――――大事な人って誰ですか? まさか……。
でも、それ以上は聞けない。いつか話してくれる日が来るまでは。
「――――わかりました。お父様が無茶なことをしないように見守らせていただきます」
「その言葉……俺の気持ちそのままだよ。ルルちゃん……」
ところで、さっきから気になっていることがある。
総ギルド長ってもしかして、以前父が言っていた……。
「ルルーシア。目玉焼きは何をかける?」
「――――醤油……です」
「そう、俺はマヨネーズだな」
総ギルド長の言葉は、懐かしい響きだった。
その瞬間、ダムが決壊したのかっていうくらい、私の瞳から涙がこぼれだす。
あんなに遠くなってしまっていた、ここに来るまでの記憶が一気に蘇ってくる。
砂漠の小さなオアシスで、久しぶりに故郷の言葉を聞いた。
それくらい懐かしくてうれしくて。
私は思わず総ギルド長に抱き着いた。
たぶん、私たちはお互いの孤独を唯一理解できる存在だ。
でも、膨大によみがえってきた記憶の中に、どうしても目をそらすことができない事実があった。
「――――アレス殿下……」
総ギルド長とS級冒険者の推薦で、私はC級冒険者として登録されることになった。通常がG級から開始することを考えると破格の待遇なのは間違いない。
「さ、帰ろうか? 少し顔色が悪い。ルルちゃん、家に帰って休もう」
冒険者になれたことも、同郷の人間に会えたこともとてもうれしい。
それなのに、冒険者ギルドの出口から外に出た瞬間に、喜びを塗り替えていってしまうくらい、殿下に関してどうしても思い出すことができなかった記憶が濁流になって流れ込んでくる。
どうして、私の前で魔法を使うことがなかったのかも。
どうして、悪役令嬢ルルーシアと婚約破棄することになったのかも。
――――そして、殿下の結末も。
『ここまでしても君を守ることができなかった』
小説の中の、アレス殿下が最後に言った言葉の意味が今になって理解できた。
誰もがヒロインに向けて最後に告げた言葉だと思ったのに。でも、アレス殿下はいつも気がつかないうちに私のことを守っていてくれるから。
殿下が呟いた『君』が誰なのか私は行きついてしまった。
ちがう! 守ることができなかったのは私の方だ。
いつも守ってもらっていたのに、気がつくこともなく自分勝手に過ごしていた。
「やっ……アレス!」
頭がひどく痛んで倒れそうになった瞬間、父ではない誰かに強く抱きしめられた。
「――――ルル」
頭痛が急速に収まって、視界がはっきりとしていく。
顔をあげると、なぜか冒険者の衣装を身に纏った殿下が私のことを抱きしめていた。
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