12 父は何でも知っている。
殿下は王族専用の馬車が迎えに来て帰ってしまった。私は父と一緒に帰る。
正門を出ると、フェイが待っていた。
「……なんで、そんな顔している? 入学式楽しみにしてたのに」
フェイが私に擦り寄る。不思議なもので、まだ一緒に過ごして少ししか経っていないのに、毎日一緒にいると家族のように思えてくる。
フワフワでツヤツヤした毛並みを撫でる。
そういえば、フェイはアレス殿下と会う時になると、絶対どこかに消えてしまう。
……どうしてなんだろう?
そのことについて聞こうと思った時、ちょうどフリーディル伯爵家の馬車が正面に止まった。
「さ、ルルーシア行こうか」
まだ、よそ行きモードの父がいる。こうやって見ると、色合いこそ茶色い髪に茶色い瞳の父は地味だけれど、とてもカッコいい。
父が珍しく差し出してくれたエスコートの手を取る。いつもは抱き上げてくれていたから、大人扱いされているみたいで照れくさい。
そのまま馬車に乗ると、私の隣に父が、向かいにフェイが乗り込んだ。
「馬車というのも、意外と便利なものだな」
そう言うと、フェイは少し体を丸めると眠ってしまった。
「今日は立派だったよ。――――こうして子どもは大きくなっていくのかな?」
隣に座った父が、なぜか少しだけ目頭を押さえた。
気が早いよ……。と思った瞬間、なぜか大粒の涙がこぼれ始めて、止まらなくなってしまう。
「――――どうしたの? まさか殿下に何か言われた?」
慌てて私は首を横に激しく振る。だって、殿下はいつも優しすぎるくらいに優しい。
小説の中では、学校に入ってからもルルーシアを含め誰にでも平等で、婚約者の義務として設けられたお茶会でもよそ行きの笑顔しか見せなかったはず。
それなのに、今日も私の横の席に陣取った殿下は、表情をコロコロ変えて、「一緒にいようね?」と私に言った。
私は、本当のルルーシアではないのに。
だって、ルルーシアとして過ごした日々の記憶は、思い出そうとしても、もつれた糸みたいでなかなか引き出すことが叶わない。
それに、優しいお父様のことも騙している。
「――――お父様。私……」
しゃくりあげてしまう。前世の記憶があっても、そちらもはっきりとはしていなくて、今の私はとても中途半端な存在だ。でも、やっぱりただの七歳で。
父は、一瞬だけ長いまつ毛を伏せたあと、私の瞳を真摯に見つめ直し言葉を続ける。
「――――ルルちゃんが、ずっと何か悩んでいるのを知っていたよ」
「お父……様」
「――――それは、もしかして記憶のことなのかな?」
「――――っ、なんで」
父は私のことを安心させるように笑った後に、膝の上にのせて抱きしめた。
「ルルちゃんが、今までのことを思い出せなくなっていて、その代りに膨大な知識を手に入れたこと、すぐにわかった。入学試験で満点とったのもあるけど……」
たしかに、満点かもしれないと思った。
そして、ルルーシアは貴族としての義務のために受験しただけで、本格的に受験勉強をしていたわけではなかった。ごく普通の、七歳の少女だったから。
「……いきなり満点なんてとったら怪しいですもんね」
そう言うと、父は眉をひそめて少しだけ言いにくそうに言葉を続ける。
「――――違うんだ。あの試験で満点をとれるはずがない」
「……え?」
「最後の問題で、転移魔法についての記述問題が出ただろう?」
たしかに、やたら難しいのが出た……。
確かに転移魔法について、どの属性に分類されるか、その場合の術式の構築について述べる問題が。
転移魔法は、第一王子アレスが使う魔法だ。
小説の中でも、転移魔法は風と光の混合魔法であることが語られていたから、その通り書いた。
私が書いた術式は、子どもらしい稚拙な物だったし、消費魔力が桁違いだから、実現は難しいだろう。
つまりは、高難易度の問題だったのだ。確かに初等部の入学試験にしては難しすぎた。
そんなことを思った瞬間に、もう一度父が強く私を抱きしめる。まるで、全てから隠して、全てから守ろうとでもいうように。
「――――転移魔法は、まだ誰も成功していないんだよ。ルルちゃん、だから、誰にも満点はとれない。学園長にも、俺にも、シーク様にすら」
「え……」
「すでに、知っていたとしか思えない。――ルルちゃんみたいになった人間を一人だけ知っているんだ」
父は気がついていたらしい。それなのに、いつものように笑いかけていてくれていた。
「私……ルルーシアの記憶があいまいなんです」
「うん、知っていたよ」
「その代り……違う人間の記憶があるんです。たぶん、違う世界の」
「そうじゃないかと思っていた……。大丈夫だ」
父が抱きしめる腕を緩めて、私の瞳を覗き込んだ。目の前にいる父は、少し頼りないようなふにゃりとした顔で私に笑いかける。
「私、お父様のこと騙していたんですよ? もう、お父様の娘じゃないかもしれない」
「ルルちゃんは、間違いなくかわいい俺の娘だよ。知り合いも記憶を取り戻した直後はこの世界の記憶が一時曖昧になったと言っていたから」
私はずっと優しい父のことを騙しているのではないかと不安に思っていた。
でも、記憶を取り戻して今までの記憶が良く思い出せなくても、やっぱり私にとっての家族は父しかいなくて……。
うれしくて、ホッとして、それなのに涙はむしろもっとたくさんこぼれてしまう。
「ルルちゃん……。守ってあげられる力を俺は持っている。ルルちゃんのためなら、絶対に出し惜しんだりしないから……」
頭をそっと撫でられながら、抱きしめられていると暖かくて、安心して。
「安心しておやすみ?」
優しい声の父が、そう言った気がした。
いつの間にか私は、父に抱っこされたまま眠ってしまった。
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