6.藁人間とはなんだったのか?
なぜ藁なのか?
ひょっとしたら、特殊な死体防腐処理ではないか?
交通事故による外傷での死因の場合、最新医学の研究の結果、このような処置が好ましいとでもいうのだろうか?
遺族が対面しても自然に映るよう、修復の素材として充填されているとでも?
それとも衛生面で、腐敗の進行を抑える働きがあるとか……。
わからない。
鍵師ひと筋のわしには、医学のことなぞ門外漢。
とにかくわしは、両手で藁をかき分けた。
カサカサと音を立ててまさぐる。
藁、藁、藁。
いくらかいても乾いた藁が、どっさりねじ込まれているだけ。
独特な臭気が鼻をついた。たっぷり天日干しした匂い。
いくら探しても臓器の断片とて見当たらない。そっくり刳り抜かれているようだ。
事故により、内臓は甚大なダメージを受けたため、いっそのことすべて摘出したというのか?
物事を理屈で考えてはいけない。
直感を信じろ。
……そうだ、そもそもわしは、妻の名前さえ思い出すことができないのはどういうわけか?
連れそって30数年すごした仲であるにもかかわらず、記憶があやふやすぎる。
生前、妻との思い出の数々がおぼろげだ。
なぜ曖昧としているのだろう? なぜ、こうも不完全なのだ?
まさか、妻に対してその程度の感情しか抱いていなかったのか?
つまり、中身の伴っていない、薄っぺらで伽藍洞な気持ちしか――。
世界が音を立てて崩れていくようだ。
今まで仕事にうつつを抜かし、なにを研鑽してきたというのか。
閉ざされた扉をこじ開けることにだけ、ミクロなことだけに打ち込むだけで、つれ合いの気持ちすら汲まなかった結果か。
人としてすっかり破綻してしまったのではないか、と思った。
わしの中の計り知れない動揺、あんたにゃわかるまい。
◆◆◆◆◆
「ふーん、藁人間か……。つまり生気のない、お人形さんみたいな意味を含んでるみたい。なんだか意味深ですね」
靖川 まなみは頬杖をついたまま言った。
わしが回想から戻ると、レクリエーションのざわめきも大きくなった。
町田氏や梅澤さんたちのかけ声と、介護職員たちの嬌声と手拍子が折り重る。
窓の外に眼をやった。
木枯らしが吹き荒れているらしく、中庭に散らばった落ち葉がくるくる回りながら飛ばされている。
わしの内側でも、初冬の乾いた風が吹き抜けているかのようだった。
「呪いの藁人形ならぬ藁人間か。言い得て妙かもな」
「それで……。オチはそれで終わり?」
「オチ」と、わしはオウム返しに言った。「わしは面白い話のつもりで、あんたにしゃべったつもりじゃないんだがね。これといって、思わずびっくりするようなドンデン返しの結末もない。期待させて悪かったかもな。体験したことを、ありのまま伝えたまでさ」
「結局、奥さんの身体はそのまま、ご葬儀されたんですか? お医者さんに問いかけたりはしなかった?」
「そうさな。結局、なにもせず胸の扉を閉めた。ピシャッと元に戻ったよ。あえて誰かに聞き出すこともしなかった。仮に心臓が見えたとして、揉んだところで甦るわけもない」
「でしょうけども」
「どちらにしろ、死後5時間は経っていた。妻の鍵穴をピッキングしたのは無駄骨だったわけさ」
「田力さんのお話の中で気になった点は」と、靖川はうつむいたまま言った。大きな眼が見開かれ、すぐわしに向けられる。「血液の描写がいっさいなかったことです。事故の際は、かなり出血されてたはずです。ご遺体が清拭されていたとしても。なのに身体の中に藁が詰められているだけで、藁に血が付着してなかったんでしょ。まるで体内まで洗浄されたかのように。――それが気になります」
「そういや、そうだな」まさに目からウロコの思い。わしは下を向いた。あの日の状況を思い出そうと努める。「藁には血がついてなかった。乾いた状態だった。そうだ、臓器はくり抜かれ、洗浄したような感じだったかもしれん」
「なんていうか……、すごくわかるような気がする、わたし」
靖川は眼をそむけ、心ここにあらずの表情で言った。
「どういうこった」
「わたしにも身に憶えがあるんです……」
「この話を誰かにしたのは、初めてなんだ。あんたがこれほどついてこられるとは思わなんだ。……そりゃそうと、身に憶えがあるだと?」
問いただそうとわしが身を乗り出したとき、とんだ邪魔が入った。
背後で、誰かが歩み寄る気配が湧いた。
つかつかとサンダルの音が聞こえ、盛大な溜息が洩れた。
「なに深刻な話をしてるんですか、お二人さん」
「え」




