↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【藁人間の正体】元鍵師による奇想天外の冒険  作者: 尾妻 和宥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

6.藁人間とはなんだったのか?

 なぜ藁なのか?

 ひょっとしたら、特殊な死体防腐処理(エンバーミング)ではないか?

 交通事故による外傷での死因の場合、最新医学の研究の結果、このような処置が好ましいとでもいうのだろうか?


 遺族が対面しても自然に映るよう、修復の素材として充填されているとでも?

 それとも衛生面で、腐敗の進行を抑える働きがあるとか……。


 わからない。

 鍵師ひと筋のわしには、医学のことなぞ門外漢。

 とにかくわしは、両手で藁をかき分けた。


 カサカサと音を立ててまさぐる。

 藁、藁、藁。

 いくらかいても乾いた藁が、どっさりねじ込まれているだけ。


 独特な臭気が鼻をついた。たっぷり天日干しした匂い。

 いくら探しても臓器の断片とて見当たらない。そっくり刳《く》り抜かれているようだ。


 事故により、内臓は甚大なダメージを受けたため、いっそのことすべて摘出したというのか?

 物事を理屈で考えてはいけない。

 直感を信じろ。


 ……そうだ、そもそもわしは、妻の名前さえ思い出すことができないのはどういうわけか?

 連れそって30数年すごした仲であるにもかかわらず、記憶があやふやすぎる。

 生前、妻との思い出の数々がおぼろげだ。


 なぜ曖昧としているのだろう? なぜ、こうも不完全なのだ?

 まさか、妻に対してその程度の感情しか抱いていなかったのか?

 つまり、中身の伴っていない、薄っぺらで伽藍洞《がらんどう》な気持ちしか――。


 世界が音を立てて崩れていくようだ。

 今まで仕事にうつつを抜かし、なにを研鑽してきたというのか。

 閉ざされた扉をこじ開けることにだけ、ミクロなことだけに打ち込むだけで、つれ合いの気持ちすら汲まなかった結果か。


 人としてすっかり破綻してしまったのではないか、と思った。

 わしの中の計り知れない動揺、あんたにゃわかるまい。


◆◆◆◆◆


「ふーん、藁人間(、、、)か……。つまり生気のない、お人形さんみたいな意味を含んでるみたい。なんだか意味深ですね」


 靖川 まなみは頬杖をついたまま言った。

 わしが回想から戻ると、レクリエーションのざわめきも大きくなった。

 町田氏や梅澤さんたちのかけ声と、介護職員たちの嬌声《きょうせい》と手拍子が折り重る。


 窓の外に眼をやった。

 木枯らしが吹き荒れているらしく、中庭に散らばった落ち葉がくるくる回りながら飛ばされている。

 わしの内側でも、初冬の乾いた風が吹き抜けているかのようだった。


「呪いの藁人形ならぬ藁人間か。言い得て妙かもな」


「それで……。オチはそれで終わり?」


「オチ」と、わしはオウム返しに言った。「わしは面白い話のつもりで、あんたにしゃべったつもりじゃないんだがね。これといって、思わずびっくりするようなドンデン返しの結末もない。期待させて悪かったかもな。体験したことを、ありのまま伝えたまでさ」


「結局、奥さんの身体はそのまま、ご葬儀されたんですか? お医者さんに問いかけたりはしなかった?」


「そうさな。結局、なにもせず胸の扉を閉めた。ピシャッと元に戻ったよ。あえて誰かに聞き出すこともしなかった。仮に心臓が見えたとして、揉んだところで甦るわけもない」


「でしょうけども」


「どちらにしろ、死後5時間は経っていた。妻の鍵穴をピッキングしたのは無駄骨だったわけさ」


「田力さんのお話の中で気になった点は」と、靖川はうつむいたまま言った。大きな眼が見開かれ、すぐわしに向けられる。「血液の描写がいっさいなかったことです。事故の際は、かなり出血されてたはずです。ご遺体が清拭《せいしき》されていたとしても。なのに身体の中に藁が詰められているだけで、藁に血が付着してなかったんでしょ。まるで体内まで洗浄されたかのように。――それが気になります」


「そういや、そうだな」まさに目からウロコの思い。わしは下を向いた。あの日の状況を思い出そうと努める。「藁には血がついてなかった。乾いた状態だった。そうだ、臓器はくり抜かれ、洗浄したような感じだったかもしれん」


「なんていうか……、すごくわかるような気がする、わたし」


 靖川は眼をそむけ、心ここにあらずの表情で言った。


「どういうこった」


「わたしにも身に憶えがあるんです……」


「この話を誰かにしたのは、初めてなんだ。あんたがこれほどついてこられるとは思わなんだ。……そりゃそうと、身に憶えがあるだと?」




 問いただそうとわしが身を乗り出したとき、とんだ邪魔が入った。

 背後で、誰かが歩み寄る気配が湧いた。

 つかつかとサンダルの音が聞こえ、盛大な溜息が洩れた。


「なに深刻な話をしてるんですか、お二人さん」


「え」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。