3.「俄然、興味がわいてきた」
「……ねえ、田力さん。聞いてるの。心ここにあらずよ」
遠くで靖川の声が呼んでいた。
じきに音量がもとに戻った。
靖川が眼の前で手を振っている。
「やや?」
「田力さん、まさか具合でも悪くなりました?」
「いやなに」と、わしは眼をしばたたいて、慌てて言った。「人が死ぬとき、古い記憶が走馬灯みたいにかけめぐるって言うが本当らしい。やれ、よかった。お迎えが来るには、ちと早すぎる」
「どうやら無事ご帰還ね。刺激のない生活を送ってると、そんな感覚になるのかもしれないね」
靖川は言い、ティッシュでわしの口の端から流れかけたよだれを拭いてくれた。
「かもしれん」
「それより、さっきの続き。どんな仕事をされてたんですか」
「鍵師さ」きっぱりと言った。「鍵師ってなあ、機械でスペアキーを作ったり錠前を売ったり、時には出張して、開かなくなった錠を開けたりする商売だ。いわゆる金庫破りみたいな真似事もした。わしにかかれば、どんな錠だって開けることができた。……そもそもだ。あんたは、錠と鍵の違いがわかるかね? ここが肝心だ。防犯のために取りつけてある機構が錠で、それを開閉するための道具が鍵ってわけさ」
「わお、鍵職人」と、靖川は身を乗り出した。「俄然、興味がわいてきた。きっと、おもしろいエピソードが満載ですよね。よかったら、現役時代のお話、聞かせてくれませんか?」
「いいとも、他でもない、あんたの頼みならば」
と、わしはそばの杖を手にし、両手でグリップを支えた。しゃんと胸を張る。
俄然、興味深いか。
なるほど、鍵師は若い娘の興味を惹くネタには事欠かないかもしれん。大半はサラリーマンと同じありふれた日常のくり返しだが、稀にとんでもない依頼が舞い込んだりしたものだ。
そうとも、わしは鍵師だった。
鍵師というと、釘師や山師、サオ師などから連想されるように、なんだかいかがわしい職人のような印象を抱かせるかもしれない。
実際は人様の財産や、畢竟、生命まで守る錠――すなわち砦を設けたり、壊れたそれを開錠・修復したりと、言ってみれば鍵や錠のお医者さんってわけさ。れっきとした堅気の商売だと、わしは思っとるよ。
もちろん時折とはいえ、ヤクザがらみの仕事を依頼されることもあるし、これから銀行強盗でもしでかすような、怪しい手合いに手ほどきを請われることも稀にあったが。
料金が発生するならば、ヤクザからの依頼は断らないが、後者のような犯罪に加担するような場合はこの限りではない。丁重にお引き取り願う。
なんで鍵師になんか、なったかって?
とんだ野暮天だよ、お嬢ちゃん。
もともと手先が器用で、ひとりコツコツするのが好きだった。
鍵師の一番の醍醐味は、開けられなくなった金庫やドアをピッキングで開けたときの達成感だ。言ってみりゃ、狙った可愛い女の子を、あらゆるテクニックを使って陥落させたようなもんだな。
あんただって考えてみな。
かたく施錠された扉をピッキングだけでやってのけるんだから、わしの技能はたいしたものだと自画自賛しちゃうね。
金庫のダイヤル合わせといい、ピン・タンブラー錠といい、頼りになるのは指先に伝わる振動だけだ。金庫の場合だと、大きさやメーカーによって微妙に感触が異なるため、些細な変化も見逃さないよう注意しなければならない。
昔、テレビドラマや映画で、金庫破りが聴診器を使ってダイヤル合わせをしているシーンがあったろ?
あんなのは嘘八百だ。ちっとも現実的ではない。
たしかに金庫の構造上、ダイヤルを回せば、カチカチ音はする。しかしながら扉の鉄板が厚ければ厚いほど聞こえにくく、微かな信号を捉えたとしても、しょせんダイヤルのつまみに伝わってくる振動だけにすぎず、それ以上の情報は得られはせん。
ダイヤル裏にある複数のディスクを回せば各ディスクは連動し、それについている切欠きが全部揃うことで、閂が外れて開錠される仕組みなんだ。
それを、聴診器ごときで切欠きの位置までは特定できはしまい。
◆◆◆◆◆
錠の構造を教えてやろう。
ピン・タンブラー錠、別名シリンダー錠は、スプリング入りの長さの異なる金属棒が数本並んでいる。ここに鍵を挿すと、鍵山によって金属棒が押し上げられ、切れ目が一列になる。この位置で鍵をひねることにより開錠できる仕組みになってるわけさ。
このシリンダーと鍵のギザギザとがぴったり合致するような地点を、指先に伝わってくる直感力だけで探り当てるんだ。
なんてことはない。勘だよ、勘。
錠の大きさやメーカーによってコツは異なり、そのコツを憶えるには長い年月の経験と、たゆまぬ研鑽を要するんだよ。
閉ざされた錠をピッキングで正解を当てたときの感触。
パチンとシリンダーが正しい位置に合い、一瞬にして緊張がほぐれる解放感はたまらないね。




