8話 くノ一のエリー
◇
「やっと見つけた! 夜はバーにいたのね?」
ミヤビと行きつけのバーで飲んでいると、宿屋で男どもに辱められそうになっていた、あのピンク髪のくノ一に声をかけられた。
アプサラスと契約してから、もうすぐ一週間。昼間は町の周辺でミヤビがまだ戦ったことのないモンスターを探して熟練度を上げ、夜になればこの場末のバーで酒を飲む。そんな生活を毎日繰り返していた。
「おっ? まだこの町にいたんだ? 結構図太いくノ一さんだな、ハハッ」
「いや、せめてお礼くらい言わせてよー! まさか助けてくれるにしても、いきなり人間の首を刎ねるクレイジーなヤツだし、言いそびれちゃったよ!」
「律儀なこった」
「君、迦楼羅って言うんでしょ? 町でもちょっと名前が売れてるからビックリしたよ。アタシはエリー。よろしくね」
「ああ」
そこからエリーの独演会が始まった。
生まれはアメリカ、アラバマの片田舎。このゲームには自ら参加を希望したらしく、その動機は――。
「だって『ニンジャ』になれるんだよ?」
だそうだ。
俺からすれば、そんな動機でこの殺人RPGに参加するほうがよほどクレイジーなのだが、やたらと露出が多く、とても忍とは思えない格好を見る限り、本人なりの『ニンジャ』像には忠実なのだろう。
エリーはリタイア組ではない。
元々は仲間と冒険を続けていたが、その仲間たちが三つのハートをすべて失い、今は一人になってしまったらしい。それから冒険者の町に滞在し、新しいパーティから声がかかるのを待っているそうだ。
「そこでだ!アタシのハート三つを鷲掴みにした迦楼羅のパーティに入ってあげるよ!」
「いや、間に合っている。お構いなく」
「えーー!いきなりコクるのー?ダメダメ!絶対ダメ!」
「ミヤビ……これ……コクっているのか?」
俺には全く理解ができない。そしてエリーも変わらず自分のプレゼンを続けていく。
「アタシ結構優秀だよ?プレイ前も大学首席で卒業してるしね」
「えー!エリーさん大卒なんですかー?ちょっ、大卒の人初めて見ました!アプサラスは大卒だったの?」
「ノーコメントじゃ!」
なるほど、タダのバカじゃない。
トークスキルは元々高学歴によるものか……
「いや、ウチは俺以外、ヒーラーしかいねーんだ、探しているのはタンク系、もしくは後方支援可能なメイジとか弓とかそういう類だ」
「うんうん、アタシのことね?」
「はあ?どこがだ、しかも寡黙なタイプを俺は希望している」
「知ってる知ってる! 日本人っぽいね! アタシにピッタリだよ!」
これ以上何を言っても、この調子ではぐらかされるだろう。正直なところ気が合いそうではないが、バカではないのだから真剣に向き合ってみることにした。
「エリーと言ったか? 俺はこのゲームに参加してから、ある一人の女性冒険者とパーティを組んでいた。だが彼女は死んだ。ハートを全部使い切ってな」
「……」
「その仲間を俺は食った。お前が話しかけている殺人狂の俺は、そういう男だ」
「うそ……」
いつもなら茶化してくるミヤビも何も言わず、アプサラスも黙って聞いていた。
エリーからも、さっきまでの軽い調子が消えた。
「……アタシは食べなかった。でも、仲間が死ぬところは見てる」
エリーは少しだけ天井を見上げ言葉を選ぶように続けた。
「アタシだったら……どうせ死ぬなら、仲間に残さず食べてほしい……かもな」
◇
「迦楼羅さん、起きてる?」
「ん? どうした? 寝れないのか」
「うん。怖くて寝れなくて……一緒に寝ていい?」
「……」
返事も待たず、ミヤビは俺の布団をめくって潜り込んできた。
「エリーさんに話したこと……あれ……ホント?」
「……ああ」
「想像もつかない話だったよ……」
「だろうな」
「迦楼羅がもし死んじゃったら……食べてほしい?」
「どうだろう。おっさんの肉は不味そうだけどな」
「フフッ、そういう問題なの?」
「どうすれば前に進めるのか……それは、生きている仲間が決めればいい」
◇
「改めて! 今日から世話になるエリーだ。よろしくね」
宿屋の食堂の端っこで朝飯を食っているところにエリーがやってきて挨拶をした。
「迦楼羅さん! 質問があります!」
「不正解だ!」
「まだ何も質問してませんっ!」
「食べられるくノ一だからじゃない」
「なぜ質問がわかったのですか!?」
「あっ?なんとなくだ」
こうして、俺たちは全く望まなかったくノ一とパーティを組むことになった。
ある程度、忍術でもメイジと似たようなことはできる。素早く動けて、情報収集なども含めてオールマイティにこなせる職業が【忍】なわけだが、イマイチ、エリーはそこを分かっていないと俺は感じていた。
三人いるうえ、常に出しっぱなしの精霊もいるお陰で実質は四人と変わらない。だから次を目指しても良かったのだが、不安を残したまま進む気にはなれなかった。
◇
俺たちは町の外れにある大きい広場に向かった。
「エリー、早速で悪いが、次の町へ行くにはお前の戦力が問題だ」
「はあ? それはないよ〜。アタシのせい?」
「いや、多分頭はキレるエリーだからこそ、俺の言いたいことが分かると思う」
「……どういうこと?」
「まず俺を殺せ」
「パーティ組んで初日で殺し合い? どうかしてるよ」
「俺もエリーと同じ、ハートは三つ残っている。つべこべ言わずに殺せ。さもないと俺がお前を殺しちゃうぞ?」
俺が刀に手をかけて剣気を放つと、エリーの目が変わり、腰を少し落とした。
「そう……それで良い」
「腕試しってことね? 良いわ。遠慮なくいくわ」
「【火遁】!」
エリーが印を結ぶと、吐き出された炎が一気に膨れ上がった。渦を巻く火炎が視界を埋め、そのまま俺を呑み込む。
俺は躱さなかった。
「バカ! なんで動かない!」
炎が消えるより先にエリーが駆け寄ってきたが、その足は俺の姿を見たところで止まった。
「そんな……直撃したのに……」
服の表面が少し焦げた程度で、身体には大した傷もない。
「分かったろ? 頭がキレて器用だと、それぞれの技も中途半端になりがちなんだ、この世界は」
「確かに人間や獣人相手なら、炎が派手に渦を巻いて自分に突っ込んでくれば、実際以上のダメージを想像してくれる可能性はあるが……続けるか?」
「いや……本能で動くモンスターや魔獣、それに熟練度の高い人間や獣人には、牽制でしか使えない……ということ?」
「御名答だ。忍をパーティに入れる以上、戦闘以外はエリーなら大丈夫だろう。だが、いつだって俺たちが死ぬときは戦闘中だ。一切攻撃をさせず、回復に全振りしているミヤビにとって、今のエリーでは足りていない」




