9話 忍の真価
「分かった……そこはリーダーである迦楼羅にアタシも従うよ」
「リーダー? そんなもんになったつもりはねえが、まあいい。ステータスを開いてみろ」
エリーのステータスを改めて見てみると、どの能力も平均以上には育っているものの、これだけは誰にも負けないと言えるものが一つもない。
火遁も水遁も使えるし、足も速い。索敵や潜入にも向いているはずなのに、実際には戦闘で使いやすい能力ばかりが伸びていて、密偵や暗殺といった【忍】らしいスキルはほとんど育っていねえ。
おそらく使う機会そのものが少なかったんだろう。
「そこでだ。この暗殺能力が突出するまで、しばらくこの町に残るぞ」
「ちょっと待ってくれ。ほぼゼロみたいなスキルを、今からわざわざ上げるのか? 流石にアタシも意味が分からないよ」
「俺の予想が正しけりゃ、むしろ必要なのはそこだ。本来ならクエストなんかをこなしながら覚えるんだろうが、似た状況をこっちで作ってやればいい」
「そうそう! エルフの私がアプサラスと仲良くできてるのも、全部迦楼羅さんのお陰なんだよー! ちょーっとブラック入ってるけどね……」
「あっ? なんか言ったか?」
「いやいや迦楼羅様! 滅相もございませーん♪」
◇
こうして、今度はエリーの足りない能力を伸ばすことになった。
やること自体はミヤビの時と変わらない。上げたい能力があるなら、それが通用するギリギリの相手を選び、ひたすら同じことを繰り返させる。
ただし今回は回復じゃなく暗殺だ。
強いモンスターに気づかれないよう背後まで忍び寄り、最初の一撃で仕留める。失敗して見つかった時だけ俺が引き受け、また別の獲物を探した。
獣人は足が速いうえに気配にも敏感で、今のエリーにはまだ難しい。だから最初はモンスターだけを狙い、見つけるたびに先制攻撃をさせていった。
流石に頭の回転は速く、一度教えたことはすぐに覚える。失敗した理由も自分で考えて次に修正してくるので、ステータスの数字も順調に伸びていった。
それでも、中型のベアー系モンスターへ気づかれずに近づき、【暗殺】を発動させて一撃で仕留められるようになるまでには二十日ほどかかった。
◇
その日の夕方、いつものバーでエリーのステータスを改めて確認した。
「おお〜、すごい! これが、アタシ?」
「予想通りだな。暗殺を上げた影響で、索敵なんかも一緒に伸びてやがる」
今では【暗殺】の熟練度が、これまで主力として使っていた忍術を少し上回るところまで育っている。
「でも、なんで迦楼羅は最初からそう思ったの?」
「宿屋のおっさんと揉めただろ? あの時から引っかかってたんだよ。忍のくせに、なんで真正面からガチンコ勝負してんだろうって」
「まさか、あの時から?」
「ああ。俺の勝手なイメージではあるが、【忍】なら揉めてから戦うんじゃなくて、その前に気づくなり、脅すなり、場合によっちゃ暗殺するなりして、そもそも正面から殴り合うところまで話を持っていかねえんじゃないかと思ってな」
「……ん? つまり……アタシがマヌケってこと?」
「物分かりが良くて助かるよ」
俺は自分のグラスをエリーのものへカチンッと当て、そのまま酒を一気に飲み干した。
【忍】が最初から多彩なスキルを覚えること自体は、他の冒険者を見ていて知っていた。忍術も使えれば、素早さも高く、索敵や潜入までこなせる。
一見すると、何でもできる便利なクラスだし、実際、生き残っている奴も多い。
ただ、その割には噂になるほど強い忍をほとんど聞いたこともない。
何でもできるからこそ、適当に戦っていてもそれなりに生き残れてしまう。
派手な忍術をぶっ放し、危なくなれば素早さを使って逃げる。
そのせいで、本来伸ばすべき能力を使う機会がなく、熟練度だけがあちこちへ散っていく。
刀を振るしか能のないサムライより、こっちのほうがよっぽど育て方が難しい。
◇
それからは鍛錬のやり方をさらに変え、モンスター相手ではなく、俺自身をエリーの標的にした。
見つからずに近づき、殺せる位置まで来たら【暗殺】を使う。
そんな殺し合いみたいな鍛錬を毎日続けているうちに、五十日目辺りで一度だけエリーの【暗殺】がまともに決まり、本当に死にかけた。
ミヤビの回復が少しでも遅れていたら、ハートを一つ持っていかれていた。
しかし俺にもメリットがあった。
最近は何をやっても新しいスキルなんて滅多に増えなくなっていたが、久しぶりに新しいものが生まれた。
【瞬天】
一瞬で間合いを詰めたり、逆に離したりする高速移動系のスキルだ。
説明だけ聞けば大したことはなさそうだが、使ってみると恐ろしく俺向きだった。発動した時の速度に身体さえ慣れてしまえば、刀の間合いへ一気に潜り込めるし、ヤバければそのまま離脱もできる。
試しに、昔俺の左腕を食ったレッドドラゴンを探して戦ってみたが、今では【瞬天】を使えば一度も攻撃をまともに受けることなく倒せるようになっていた。
◇
宿は、エリーを辱めようとしたあの店主のところを今でも使っていた。
そもそも名前すらない宿なので、俺たちは勝手にエロゲーにありそうな【凌辱の館】と呼んで店主をからかっている。本人は死ぬほど嫌がっているが、知ったことじゃない。
気づけば五十日以上ここを拠点にして、朝から鍛錬し、夕方になれば場末のバーで気絶するまで酒を飲み、なんとか宿へ戻って寝るという、実に規則正しい生活を送っていた。
五十二日目。
ようやく、待っていたものがバーの掲示板に貼り出された。
【クエストレベルA】
これ以上出なければ、山ほど残っているBで妥協しようかと思っていたところだった。
報酬は一千万マニーと破格。
この世界ではクエストレベルCをクリアーできれば、とりあえず一人前。
その上にBがあり、さらにAともなれば依頼自体が滅多に出ないうえ、当然死ぬ確率も跳ね上がる。
わざわざ挑戦する奴がほとんどいないのも当然だ。
「オヤジ……このクエストの貼り紙、もらっていくよ」
「あんた、正気かい? そんなもんに挑戦する奴、ここ数年見てないよ」
正気かどうかはともかく、五十日以上待ってようやく来たチャンスだ。
逃す理由はない!
◇
翌朝、まだ日も昇らないうちにミヤビとエリーの部屋へ行くと、二人とも昨日の鍛錬で疲れ切って爆睡していた。
「ミヤビ、エリー。起きろ! 今日はクエストレベルAの案件に向かう! 支度しろ!」
「はあ? 迦楼羅さん、なんですの? それは?」
「寝ぼけたこと言わないでくれ……レベルAなんてアタシらじゃまだ無理無理……寝かせてくれ」
「寝ぼけてんのはお前らだ。このクエスト、ミヤビとエリーの二人でクリアーして来い」
「……はあ!? 無理に決まってんでしょ!? アタシ、前のパーティでもCでギリギリだと思ってんだから!」
「今は俺のパーティにいる!」
「AとかCとかよく分かんないよぉ~。私はEだよぉ」
「えっ……マジ? アタシよりデカい?」
◇
朝っぱらから不安になる会話を聞かされながら、二人を叩き起こしてクエストの受注登録へ向かった。
内容そのものは【山賊の討伐】といった単純そうなクエスト。ただし、相手は普通の山賊じゃない。元冒険者だ。
冒険者を続けられなくなった連中が集まり、町を作って商売でもしながら生きているなら別に構わない。
厄介なのは、そこから外れて無法者になった連中だ。
強盗、強姦、誘拐。殺人も当たり前で、しかも狙われるのは決まって自分たちより弱い初心者に近い連中からだった。
この無法者どもを使って、エリーとミヤビが本当にどこまでやれるようになったのか確かめる。
「こんなの……アタシらに本当にできると思ってるのか?」
「迦楼羅さんができると思ってるんだし、大丈夫じゃないのお?」




