7話 凌辱宿屋の想い
くノ一と宿屋の喧嘩は瞬く間に人を集め、気づけば通りは野次馬だらけになっていた。
宿屋からも従業員がぞろぞろと出てきて、いつの間にか六対一。くノ一を囲むように男たちが広がると、野次馬から囃し立てる声や口笛が飛び、ちょっとした見世物のような騒ぎになっている。
「迦楼羅さん! さすがにヤバいですって! あれじゃ逃げようにも逃げられないじゃないですか」
「妾もさすがに分が悪いと思うぞ?」
確かに宿屋の人間とはいえ、元は冒険者だ。それが六人となれば分が悪いし、何より冒険を諦めた人間はたちが悪い。
ここで女を辱めたところで、それを裁く機関なんてものはない。だからこういう輩が大勢いるし、周りもそれを分かっているから面白半分に焚きつける。
しかしくノ一は腰に手を当て、六人に向かって話始めた。
「バカな宿屋だねえ。これだけの大衆になっちまったら、次から客が来なくなるってことだよ? 万が一、私が負けたとしても、噂を聞いた女はまず入らなくなるね」
男たちに囲まれているというのに、くノ一に怯えた様子はなかった。それどころか、集まった野次馬をぐるりと見回し、口元には余裕すら浮かんでいる。
「ダッハッハ! そんなの初見じゃ分からんだろうが? 初心者の町から来た者がどうやって知るんだよ?」
「おーい! みんな聞いてー。ことの成り行きによっては、初心者の町で情報屋を開けるよ? 個人でやるならブローカークラスじゃなくてもできるよ〜」
さっきまで笑っていた野次馬から、今度は別のざわめきが起こった。
(そう来たか……しかも万が一負けたとしても、か。上手いな)
自分がここから逃げられるかどうかじゃない。この場にいる連中を使って、宿屋そのものを潰しにきた。
「しかも店主、お前さんゲームオーバーが近いんじゃないかい?」
「ぐっ……なぜそれを……?」
「分かるよ。どんなバカだって、一日でも長く生きるために商売やってる。そんな奴がこんなバカげたことをするわけがない。普段は敏腕なんだろうが、やり方が強引すぎる。それを従業員も知らないのだろ?」
「親方……そりゃ本当か?」
今度は宿屋側が崩れ始めた。
従業員たちは店主とくノ一を交互に見ながらざわめきだし、周囲の連中も先ほどまでの馬鹿騒ぎをやめ、それぞれ顔を見合わせている。
「どうする? 続けるなら続けてもいいが……従業員はそれほどバカじゃなさそうだぞ?」
くノ一がそう言うと、店主は何も言い返せず、拳を強く握りしめた。
勝負はついた。少なくとも俺にはそう見えた。
『おっと! ゲームオーバーになりそうなのは、なにも宿屋に限った話じゃねーぜっとお?』
その声とほぼ同時だった。野次馬の中から伸びた腕が、背後からくノ一の首と両腕を絡め取った。
「なっ――お前!」
完全に不意を突かれたくノ一が羽交い締めにされ、身体を捻ってジタバタと暴れる。
「そうそう! 期待させて、そりゃあねーってもんよ。宿屋がやらなくたって、俺が続きをやってやるよぉ」
「お前ら! 離せ!」
次の瞬間には、俺は野次馬の頭上を飛び越えていた。
「はい……反則……」
それだけ呟いて男がこちらを見るより早く刀を抜き、そのまま首を刎ね、飛んだ首は地面を転がり、少し遅れて身体が崩れ落ちた。
あれだけ騒がしかった通りから、一瞬で声が消えた。
「えーーーー! ちょっ! 迦楼羅さん! えっ?首ぃ?やりすぎっ!?」
「まあ、ハートが残ってりゃ生き返んだろ? なけりゃこのままエンジェルが迎えにくるだけだ」
俺は刀についた血を払い、倒れた男を指した。
「お仲間がいるんなら首を傍に置いとけ。生き返っても首が離れたままじゃ、またすぐ死ぬぜえ?へっへへ」
それだけ言って刀を鞘に納め、その場を立ち去った。背後で何やら騒ぎ始めていたが、振り返らなかった。その後、首を刎ねた男がどうなったのかは知らない。
◇
「いやあ、あの殺人狂で有名な迦楼羅さんが見てたとはお恥ずかしい。どうぞ、タダでいいので良かったら泊まっていってください! ウチは寝室にあまり自信はないのですが、朝食には自信があるんです!」
先ほどの宿屋の主人に呼び止められ、腰に手を当てて自信満々に宿屋自慢をされていた。
実際中へ入ってみると、部屋はキチンと整理されていて外から見る以上に、ちゃんと設計されていた。
「いや、普通、自慢の料理っつーなら夕食を自慢すんだろ? なんで朝食なんだよ!」
すると、宿屋はニコニコしながら俺に近づいた。
「迦楼羅さん、日本人でしょ? 雰囲気を見てなんとなくですが……もう長いこと口にしてないんじゃないですか? お味噌汁」
「なっ? この世界で作れるのか?」
「実際には味噌ではないんですけど、分からないくらいお味噌汁に近づけることが可能になったんですよ」
そう言うと店主は従業員から椀を受け取り、そのまま俺へ差し出した。
「妾が毒見してやろうか? 妾に毒など効かないからな」
「いや……いい」
そう言って、俺は味噌汁を一気に飲み干した。
くノ一を辱めようとしていた男だというのに、なぜか今の店主の目は信用できた。
「う、美味い……懐かしい味だ」
「そうでしょ?」
「これだけの腕と探究心があるのになぜ……」
店主はそこで俯き、しばらく何も言わなかった。
「私だって怖いんです……死刑が……」
握りしめた拳が、小刻みに震えていた。
「……伺おう」
俺がそう言うと、店主は黙って宿の奥へ案内した。
話を聞けば、この男も七年目辺りまではブローカークラスながら良い仲間に恵まれ、俺には想像もつかないほど先まで冒険を進めていたらしい。
だが、今残っているハートは一つだけ。
身体も俺より酷い。右腕は肩から先がギミックに置き換わり、左脚も膝下から機械仕掛けになっていた。
これ以上仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。
そう考え、自分から冒険を降りたという。
そして、残された時間は約三か月。
そこから頭の中を占めるようになったのは、他の冒険者たちが迎えてきた最期だった。
鋸挽きになるのか。
火あぶりになるのか。
それとも、もっと酷い何かなのか。
ただ、長年この世界で死刑になっていく冒険者たちを見てきた店主は、処刑方法は冒険の成績などではなく、制作者の気分で決められているのではないかと思っているらしい。
「気づいたら、毎日そればっかり考えるようになりましてね……」
だが、この男が俺たちを宿へ誘った理由は分かった
きっと、懺悔みたいなものなのだろう。




