3話 スキル取得
◇
「ひえ~」
「ビビってんじゃねー! とにかく俺が傷ついたら、どんな小せえ傷でも『ヒール』を俺にかけまくれっ!」
初心者の町を出てしばらく歩くと、石造りの建物は見えなくなり、膝下にまとわりついてイラッとくる草が生い茂る平原へ出た。
遠くにはちらほら冒険者らしき姿も見えるが、そんなもんはどうでもいい。それより警戒しなきゃならねえのは、何が潜んでいるのか分からない草むらのほうだ。
さっそくその中から現れたのは、体長三メートルほどのコモドドラゴンだった。
熟練度を上げるには丁度いい相手だし、俺も何度か戦っている。それでも無傷で倒せるほど弱いモンスターじゃない。
むしろ今は、それくらいのほうが都合がいい。
俺は刀を抜くと、そのまま首筋へ居合いを叩き込もうとした。
ところが刃が届く寸前、コモドドラゴンが巨体を低く沈める。
「うおっ――」
次の瞬間には頭突きを腹へまともに食らい、俺の身体は草を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいた。
「ええっと? 『ヒール?』」
ミヤビの声と同時に身体がぼんやり光り、腹に残っていた痛みが僅かに引いていく。
「少なっ……いや、初めてならこんなもんか」
俺を吹っ飛ばして弱いとでも思ったのか、コモドドラゴンは今度はミヤビへ狙いを変えた。巨体からは想像できない勢いで地面を蹴り、そのまま突っ込んでいく。
「そっちじゃねえ!」
左腕の戦闘ギミックを飛ばした。
ワイヤーを引きながら飛んでいく左手には刀を握らせてある。その切っ先が横からコモドドラゴンの喉元へ突き刺さり、走っていた巨体が勢いを失って地面へズシンッと落ちた。
「ぐぇぇぇぇぇ……」
しばらく痙攣したあと、その姿は消えてマニーへと変わった。
「迦楼羅さん……腕? 手? 飛び出すんですか? 改造人間?」
「ん? ああ、まあ改造人間で間違いねえよ。まだ弱かった頃に一度、レッドドラゴンに食われた」
ワイヤーを巻き取り、左腕をバチンッと元の位置へ戻す。刀を鞘へ納めている間も、ミヤビは珍しい玩具でも見るように俺の左腕を眺めていた。
「こんなデカくて恐ろしい化け物が初めっから出てくるんですね? よくみんな倒せますね、こんなデカいの」
「初心者は百回くらい逃げて、その中から倒せそうな弱いモンスターや敵の人間、獣人なんかを見つけて熟練度を上げるらしい。俺は片っ端から倒そうとしてたから、左腕がこうなっちまった」
「いや~勉強なりますぅ……熟練度?」
「ああ。お前さんはヒーラーだから、回復魔法は使えば使うほど回復量が上がっていく。戦略だの細かいことは今どうでもいい。俺をとにかく回復させて、自分は逃げ回れ」
「そんなんでいいんですか? 私だけズルいってあとで言いませんか? それとも……」
「あー! その先は言うな。もういい! 俺の勝手でやってることだ。言われた通りにしとけ!」
別にコイツのためだけにやっているわけじゃない。
何も考えず敵を見つけては斬る。傷を負えばミヤビに治させ、また次を探す。それを繰り返している間だけは、沙羅のことを考えずに済む。
今の俺にはそのほうが楽だった。
ミヤビを育ててやっているような顔をしているが、殺し続けるための理由が欲しいだけなのかもしれない。
四十二にもなって、そこまで自分を誤魔化せるほど頭は悪くねえ。
◇
ギルドでミヤビが登録を済ませてから、半日ほど同じことを繰り返した。
平原を歩いて敵を探し、見つければ俺が戦う。傷を負えばミヤビがヒールを使い、治ったらまた次へ行く。
肌感でしかないが、昼を過ぎた頃にはミヤビのヒールが最初より明らかに効くようになっていた。
そりゃそうだ。
本来なら初心者が尻尾を巻いて逃げるようなモンスターや、素早い獣人まで俺が片っ端から相手にしている。その近くで延々とヒールを使っているんだから、成長の遅いエルフとはいえ熟練度はかなりの勢いで上がっているはずだ。
一応、まだゲームへ入って間もないミヤビが一緒ということで、人間だけは殺さずにいた。
それでも普通に言葉を喋る元人間の獣人やエルフを俺が斬るたび、ミヤビが目を逸らしていることには気づいていた。
まあ、そのうち慣れる。慣れなきゃ死ぬだけだ。
空が赤みを帯び、遠くに見える町の石壁にも長い影が落ち始めた頃、体長二メートルほどあるイモムシ型のモンスターを見つけた。
大して強くはないが、コイツは毒を持っている。
適当に斬りつけて動けなくしてから、絶命させる直前に口を無理矢理こじ開け、その中へ手を突っ込んだ。
「えっ!? 何してるんですか!?」
牙を指へ突き刺すと、傷口からすぐに痺れが広がり始める。
「ミヤビ! 俺に『キュア』って唱えて毒を治してみろ!」
「えー! そんなの使えるんですか?」
「知らん。だから試してる」
「ええっと……『キュア!』」
指の傷口が僅かに光った。
指先から手の甲へ広がっていた痺れが止まり、少しずつ感覚が戻ってくる。
「おっ……いけたな。よし! ステータス開いて確認してみな」
「は、はい! ステータス!」
ミヤビの前に浮かんだ画面を覗くと、それまで空欄だった魔法の項目に【キュア】が追加されていた。
「きょーはこれまで! 流石に疲れたわ」
「あ、ありがとうございます! なんかまだ分かってないですけど、空欄だったところの数字も増えて、強くなった気がします!」
「ああ、もちろん気のせいだ! ビックリするくらい成長が遅いと身に染みて分かった」
「うぅ……酷いですぅ」
ミヤビにとっての一日目は、これで終わり。
口ではそう言ったものの、普通の初心者と比べれば何倍も早く育っていることくらい俺にも分かる。
何より、一日中敵を探して斬りまくり、ミヤビへあれこれ指示を飛ばしている間は、胸の中にへばりついていた沙羅のことが少しだけ薄くなっていた。
今はそれで十分だった。
◇
ミヤビと出会ってから二週間。
このゲームには、武器は一つまでなんていう装備制限はない。だからミヤビには魔力を増幅させる『魔力の杖』と、護身用に『ポイズンダガー』を買い与えていた。
初心者の町周辺だからといって、安全なわけじゃない。
町から少し離れれば、俺でも「こいつ本当に初心者エリアの敵か?」と疑うような化け物に出くわすことがある。そういう奴が出た時は二人でさっさと逃げ、それ以外は俺でも殺せるモンスターを片っ端から狩った。
ミヤビにも、いつまでも後ろで逃げ回らせていたわけじゃない。
敵に隙ができればポイズンダガーで一発刺し、すぐ俺の後ろまで逃げる。
そんなことを何度も繰り返していたせいか、いつの間にか【ヒットアンドアウェイ】なんていうパッシブスキルまで覚えていた。
サムライを選び、一年間ろくでもない殺し方ばかりしてきた俺が覚えるのは、カオス寄りのスキルばかりだ。こんなスキルは見たこともなく、教えているはずの俺のほうが驚かされたくらいだった。
二週間もそんな狩りを続けていれば、当然目立つ。
『最近アイツら、無差別にこの辺の敵を倒してるらしいぞ?』
『ああ。あの女エルフもすげ~スピードで成長してるらしいぞ。しかもヒーラー特化だってよ!』
昼間のバーにいれば、そんな噂まで耳に入ってくるようになった。
「迦楼羅さんのお陰でぇ、なんか私すごいらしいんですけどぉ〜! 今の私、結構イケてません?」
「さあな……」
それだけ返して、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
まだだ。
ミヤビを本当にヒーラー特化にするなら、もう一つ必要なものがある。
精霊との契約。
サムライでも精霊と契約し、簡単な魔法を使えるようになった冒険者はいるらしい。
ただ、俺は魔法なんぞにまったく興味がなかった。
この一年で覚えたのは、刀を振り回して敵を殺すためのスキルばかり。精霊がどこにいるのかも、どうすれば契約できるのかも知らない。
知らねえなら、知ってる奴に聞けばいい。
「オヤジ、この娘をヒーラー特化させるための精霊に会わせたいんだけど、なんか噂知らねーか?」
「んっ!」
マスターは何も答えず、俺の前へ右手を差し出してニヤニヤしている。
「おい……あと二年だから冒険者に優しくするんじゃなかったのかよ?」
思わず笑ってしまった。
まあ、このオヤジの情報が信用できるのは知っている。
しかもわざわざ手を出して金を要求するってことは、それなりのネタを持っている自信があるってことだ。
「ったく……ぼったくんなよ」
俺はその手に三万マニーを乗せた。




