3話 雪原の北区 攻略計画
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初心者の町から北へ進み、かつて俺たちを閉じ込めていた【出口のない部屋】があった林を抜け、さらに先へ向かうと、景色は徐々に白く染まり始めた。
最初は木々の根元に残っている程度だった雪も、進むにつれて足首まで埋まるようになり、やがて見渡す限りの雪原へ変わった。背の高い木々には雪が重く積もり、吹き抜ける風が枝から白い粉を巻き上げている。
「さっむ! ちょっと待って、北ってこんなの聞いてないんだけど!」
「私もぉ〜……もう足の感覚ないですよぉ〜」
エリーとミヤビが揃って難色を示すのも無理はない。俺だって刀を握る指がまともに動かなくなってきているし、このまま何日も進めと言われたら、モンスターに殺される前に凍え死ぬ自信がある。
そんな雪原を進んでいると、白一色だった景色の向こうに建物らしきものが見えてきた。
近づいてみれば、雪に半ば埋もれるようにして二十軒ほどの家が並んでいる。屋根には分厚く雪が積もり、家々の間には人が通れる程度の細い道だけが作られていた。煙突から煙が上がっている家もあるのに、外を歩いている住人はほとんどいない。
どうやらゲーム側に設定された町らしい。
たまに見かける住人へ話しかければ最低限の会話はできるのだが、こちらから何か質問すると決まって返ってくるのは「さあ?」だけだった。
「こりゃたまげた! 何年ぶりの人でしょ?」
その中で突然まともな言葉を投げかけられ、声のした方を見る。
立っていたのは、小学三年生くらいの背丈しかない少年だった。白銀色の髪を耳のあたりまで伸ばし、身体が膨らんで見えるほど厚い防寒具に身を包んでいる。雪の上に立っていると、髪まで景色に溶け込みそうな少年だった。
「僕はケン! ここの案内人さ。まずは寒いだろ? あそこに町に一つだけのバーがある。そこで暖をとるといいよ」
「えっ? 君は設定された人ではないの?」
エリーがこちらの疑問を汲み少年に尋ねるとやはり
「さあ?」
と、そこだけは他の住人と同じだった。
案内されたバーへ入ると、冷え切った頬に熱気がぶつかってきた。
外観は他の家と大して変わらなかったが、中では大きな暖炉に薪がくべられ、濡れた防寒具や手袋がその周りにいくつも吊るされている。
木造の壁には古びたランタンが並び、店の奥には酒瓶の詰まった棚と小さなカウンターがあった。
俺たちが暖炉の近くへ集まっている間にも、ケンは勝手知ったる様子でカウンターへ向かう。
「この人たち、冒険者みたいなんだ。使い捨ての防寒具あったよね?……冒険者さん、五万マニー持ってる?」
「ああ、それくらいは……」
「じゃあマスター、それ四つ」
ケンがそう言うと、店主は何も聞かずにカウンターの下から四人分の防寒具を取り出した。
◇
防寒具に着替えてようやく人心地ついた俺たちは、暖炉のそばにある丸テーブルを囲んでいた。
暖炉では薪がパチパチと爆ぜ、濡れていた靴から立ち上る湯気に混じって、店の奥から酒と焼いた肉の匂いが漂ってきた。
「ここのクリア方法?それはわからないな。ただ、この地に町はここしかない。それは確かだよ」
「そうなのぉ〜。防寒具あっても、最後まで長かったら凍え死んじゃうよぉ〜」
ミヤビは両手で温かいカップを包み込み、まだ冷えているらしい指先を温めている。
「私はスライムのせいか、わりと平気なんですよねえ」
対照的にマリムは防寒具の前を少し開けたまま、何事もなかったように座っていた。
「そうなの?羨まし!アタシなんか元々薄着な装備だから、ここに来るまでも死ぬかと思ったよ」
エリーは暖炉へ両手を向けながらそう言ったが、俺が気になっていたのは別のことだった。
◇
俺たちはそのまま町で一泊し、翌朝から北地区の探索を始めた。町を出て雪の積もった道を北へ進んでいくと、やがて妙な場所に辿り着く。
そこから先へ進めない。
崖があるわけでも、壁があるわけでもない。雪原も空も、その向こうまで普通に続いているように見えるのに、一歩踏み出そうとすると身体がそれ以上前へ出なくなる。
東西南にも外側には絶壁などがあり、そこが世界の端なのだと見れば分かった。だが北の最北端だけは違っていて、透明な壁に触れている感覚すらなく、ただその先という場所そのものが存在していないような妙な感覚だけが残った。
「なんだこれ……」
手を伸ばしてみても何かに触れるわけではない。それでも、どうやってもそこから先へは行けなかった。
「迦楼羅さん、ここにもまた装備をくれるモンスターがいるかもしれないです」
マリムの言葉にみんなも納得し、まずはこれまでの地区と同じように中ボスと【二重恩寵の泉】のような施設を探すことにした。
しかし、それから一週間かけてかなり広い範囲を回り、エリーの探索能力まで使って探したにもかかわらず、どちらも見つからなかった。
「やっぱり私たちだけじゃ厳しいですかねぇ〜」
町のバーへ戻り、暖炉の近くで冷えた身体を温めながらミヤビが言う。
「んー。今までは冒険しやすくする代わりにターシャ商会を作って、みんなにも各地を探してもらってたから早かったけど、今はアタシら四人だけだからね。時間がかかるのは仕方ないよ」
「どうかな? エリーはそんなに見落としてる感じあるのか?」
「いや、それはないかなぁ。アタシの探索能力もかなり使ってるし、ここに来て今さら見落としってのも変な気はする」
俺はテーブルの上に広げた北地区の地図へ目を落とした。
一週間かけて歩ける範囲はかなり調べたが、見つかったのはこの雪に埋もれた町と、延々と続く雪原や森、それに設定モンスターの生息地くらいだった。
これまでの地区なら、探しているうちに何かしら攻略へ繋がるものが見つかったのに、北だけは不自然なくらい何もない。
「なんか違和感あるな。みんなはどうだ?」
「違和感?」
「普通、ゲームってプレイヤーがいて、だんだん強くなって、最後のボスを倒したらそれでおしまいだろ?」
「あまりゲームしないから分かんないけど、まあそうだろうね」
「私はしてたよ〜。でも終わりがなくて、親のカード使って課金しまくったらスマホ取り上げられたけど」
「あんた……ホントにダメニートじゃないの……」
エリーに呆れられたミヤビは、「いやいや、昔はね。今は、ほら」と苦笑いしている。
「なんだろうな。このゲーム自体は、むしろ古いんじゃないかって思えるんだよ」
「「古い?」」
「剣と魔法のファンタジー世界に、やたら強いモンスターを置いて、死んだら終わり。それだけ見れば、そんな複雑なゲームじゃないだろ?」
「まあ……そうですねぇ」
ミヤビはそう言っていたが、あまり合点がいってないようで、ゲームをしないエリーとマリムには、ちんぷんかんぷんだった。
「それを仮定として考えろ。ここまで来るのに、俺たちが強くなっただけじゃどうにもならないことばっかりだった気がするんだ」
南地区との戦争では大勢の冒険者が集まらなければアダムたちには届かなかったし、西地区も俺たちだけで探し回っていた頃より、ターシャ商会を作って人を動かし始めてから一気に攻略が進んだ。
「結局、いつも他のプレイヤーが関わったところから、急に話が進んでる気がする」
「そういえばそうですね。私たちモンスターを普通は選ばないのに、それをどうにかしたあとから数か月で西地区まで攻略できちゃいましたし」
「ターシャ商会もそうだね。アタシたちだけで全部探してたら、今でも東か西をウロウロしてたかもしれない」
エリーの言う通りだった。
俺一人がどれだけ強くなっても、このゲームはそれだけで先へ進めるようにはできていない。誰かと組み、誰かに頼り、町を作って人を集め、それまで関わらなかった連中まで動き始めた時に、ようやく次の道が開いてきた。
「……だとしたら、北も同じなんじゃねえか?」
「同じ?」
「俺たち四人だけで探してるから、何も見つからないんじゃないかってことだよ」




